新たな労使関係の構築なるか。
中国・労働契約法 いよいよ来年1月から施行
貿易ニュース鹿児島 2007.12月号

 中国では,来年1月から中華人民共和国労働合同法(以下「労働契約法」という。)が施行される。広州市や深せん市など,中国の経済成長の一翼を担ってきた華南地域の中心都市では,既に最低賃金の上昇や,ワーカー(労働者)不足などで,「世界の工場としてのインセンティブは過去のもの」と言われているが,同法の施行は,さらに今の状況に拍車をかけると言われている。日系も含め,多くの香港企業は,中国法人を所有していたり,中国法人とビジネス上の関係があるため,同法施行については,ここ香港でも非常に関心が高く,同法に関するセミナーの開催や,各新聞紙上での解説寄稿が,目をひく。
 今回は,同法の概要について,主に「書面契約の締結」「試用期間の制限」「労働組合の地位強化」の観点等から,レポートをさせていただく。

審議を重ね,ようやく成立
 労働契約法は,今年6月末の全国人民代表大会常務委員会で可決され,来年1月から施行されることとなっている。同法の可決に際しては,公開諮問(法律の骨子を公にして,各方面からの意見を聴く)の段階からこれまでには考えられないほど,多くの意見が出されたと言われており,委員会の審議も通常3回のところが4回に及んでいる(元々の草案は,最終案に比べ,さらに「雇用主側に厳しい内容」になっていたらしく,雇用主側からの激しい反対意見による揺り戻しをうけて,最終案に落ち着いた,と言われている)。
 中国における労働関係法については,1995年に成立し,今回の労働契約法施行後も効力を有する「労働法」があるが,今回の労働契約法は,労働法第3章にある「労働契約に関する規定」をさらに詳しく新しくしたもの,であり,幅広い労働関係の中でも,特に,労使の雇用契約にポイントを絞り,その規定を定めたものである。


法律の目的
 同法の目的は,なんといっても「労働者の権利保護」につきる。10%を超えるGDP成長率が続く「世界の工場」中国をこれまで支えてきた要因の一つは,経済先進地域に集まってきた中部(農村)地域からの若い労働者である。彼らは,安い賃金,劣悪な労働環境,不条理な労使関係の中での労働を強いられ,彼らの犠牲の下で,労務コストが押さえられ,安い中国製品が生み出されてきた,世界の工場は,こうした労働者の犠牲の上に成り立ってきた,といえなくはなく,今回の労働契約法は,労働契約の文書化や長期化,労働組合の地位強化などにより,このような労働者の犠牲を含む,これまでの労使関係を改善していこうとするものであり,胡錦涛政権の公約でもある格差是正,調和社会の実現の一翼を担うものともいえるだろう。

 法施行後,労働者の権利は,守られていくのか。

適用範囲について
 同法の適用範囲は,「中華人民共和国内の企業,個人経営組織,民間非企業組織」とされている。この適用範囲の中に,日本を含む外国企業の「駐在員事務所」が入るか否かについては,「民間非企業組織」に含まれる,とする意見と,元々法律草案に盛り込まれていた「外国企業,外国社会団体および国際組織の駐中国代表機構が中国国内で労働契約を結ぶ際にも,本法を執行する」とういう部分が,本法では削除されたことに着目して,「駐在員事務所」は対象外になったいう意見もあり,今後施行される実施細則が待たれるところである。

労働契約は,書面をもって締結せよ。
 同法では,「雇用主は,労働者の勤務開始後1ヶ月以内に『書面で』労働契約を交わさなければならない」とされている。これは,当然,法律施行前から継続されている労働契約にも及び,当該場合も,法律施行後1ヶ月以内に締結しなければならないこととなる(実は,労働契約の書面締結 自体については,既に多くの地方の労働契約条例に盛り込まれており,それほどインパクトのあるものではないらしい。但し,当該条例がきちんと守られているかどうかは別なので,法律に規定された,ということは,これまで条例を甘く見ていた雇用主に,プレッシャーをかけることにはなると思われる)。
 また,書面契約の義務づけは,契約期間の長短に関わらないため,繁忙期だけに雇用する季節工,臨時工などの雇用契約でも必要になり,注意が必要である。

 法律では,労働契約書面には,以下の項目を盛り込まなければならない,としている。
 ●
雇用する組織の名称・住所・法定代表人・主要責任者
 ●労働者の氏名・住所・身分証明書
 ●労働契約期間
 ●勤務場所と職務内容
 ●勤務時間と休憩時間
 ●労働報酬
 ●社会保険
 ●労働者保護,労働条件,職務上のリスクからの保護など法律・法規で盛り込むことが定められた内容

 このように,契約書面に盛り込まなければいけない項目が法定されたので,すでに契約書を作成している企業等についても,契約内容のチェック,不足がある場合の見直しが必要となる。
 さらに同法は,雇用主に対し,「雇用する際,労働内容,労働条件,労働場所,労働上の危険,労働報酬,その他労働者が開示を要求するその他の状況などを告知(説明)しなければならない」としているため,雇用主が,労働者の若さや無知に乗じて,適当に書面だけを作って,労働者に対して,契約書面の詳細な内容を告知(説明)をしない,などという行為は違法となる。

書面を締結しないと・・・・
 具体的な項目を法定した上での契約書面による労働契約締結の義務づけを,今後しっかり根付かせていきたいという政府の強い思いは,違反した場合のペナルティーの内容をみても伺われる。
 ●使用開始日から1ヶ月超1年未満の間に,書面による雇用契約を結ばない場合,労働者に「毎月2倍の賃金」を支払わなければならない。
 ●書面契約をしないまま,1年以上が経過した場合,「期間の定めのない労働契約を締結したものとみなす」

 このペナルティーは,雇用主にかなりの負担を課す内容であるので,確信犯的に違反をする不道徳な雇用主がいたとしても,今後はかなりの覚悟が必要になってくるだろう。

進むか中国での終身雇用
 さらに同法では,以下のような場合 等には,労働者側自らがそれを希望しない場合を除き,「無期限(終身)雇用契約;期間の定めのない契約」を締結しなければならない,とされている。
@労働者の当該企業等における勤続年数が,連続満10年となった場合
A期限を定める労働契約を連続2回締結し,かつ引き続き労働契約を締結する場合
B雇用主が,勤務開始が1年を経過しても書面による労働契約を締結しない場合

 勿論この定めは,短期雇用による弊害解消を目的としたもの。これにより,中・長期の雇用,或いは,終身雇用というものが増えてくるのかどうかは,わからない。終身,中期雇用については,労働者側の緊張感がそがれ,労働効率の低下,それに伴う生産効率の低下につながるのではないか,との懸念もあり,双方を両立できるかが,課題になると思われる。

試用期間もさらに詳細に法定
 現在の労働法においても,「6ヶ月以内の試用期間を設けることができる」という規定はある。試用期間というのは,勿論,「期間中に能力の選別ができる」「試用期間中は,雇用主による契約解除が容易である」という雇用主側のメリットがあるわけだが,この,「試用期間」を雇用主側が都合のいいように解釈し,「季節工」や「臨時工」のような労働者が,不安定な雇用環境におかれることがないように,労働契約法では,試用期間についても下記のように,さらに詳細に法定し,試用期間中の契約の解除であっても,雇用主は労働者に解除の理由を(採用条件に適さないことを,雇用主側が)説明しなければならないとしている。
●雇用期間が3ヶ月未満或いは一定の任務をもって勤務期間とする契約の場合
 試用期間:設けてはならない。
●雇用期間が,3ヶ月以上1年未満の場合
 試用期間:1ヶ月以下
●雇用期間が,1年以上3年未満
 試用期間:2ヶ月を超えてはならい。
●雇用期間が,3年以上及び無定期
 試用期間:6ヶ月を超えてはならない。

 このようになれば,試用期間であっても,「雇用期間だから,はい,あなたは明日からこなくてよし」と雇用主は手前勝手な解雇はできなくなるわけであるが,それでもやはり,能力が低い人材を試用期間経過後も雇用することは,生産効率を下げるリスクがあるため,雇用主側の対策としては,採用条件を詳細明確に文書にして定めておき,「あなたはこの部分に該当しないから,解除になります」と契約解除の理由を説明しやすいようにしておくことが重要との専門家のアドバイスもあるようだ。

労働者の権利に関わることは,労働組合・労働者組織の承認が必要
 また,同法では,契約内容,就業者規則のうち,下記のような「労働者の権利に関わる重要なこと」を決定する場合,労働組合・労働者組織の承認をその前提とし,労働組合等の権利や地位強化が図られている。●報酬 ●勤務時間 ●休暇  労働環境の安全・衛生 ●福利厚生  研修機会 ●労働規則

 さらに形骸化しないように,上記項目等の決定過程に労働者が不服がある場合,雇用主に改善を求める権利を労働者サイドに付与したり,また,雇用主の違反により,労働者に損害があった場合の,賠償責任を負わせるなども規定している。
 他方で,同法は,企業に対して労働組合の組織化を義務づけてまではいない。しかし,省レベルの条例で,今後,労働組合組織化が義務化される可能性もあるし,どちらにしても,労働者側から,組合結成の要望があった場合,雇用主側はこれを拒否できないため,今後,中国における労働組合の組織化は急速に進むことが予想される。
 また,同法では,労働条件などについては,「労働組合の代表などが,雇用主側と集団契約を結ぶことができる」とされ,さらに,その契約内容についても,雇用主側が勝手に決めないように,労働者の大会や,労働者全体の討論を経たものでなければならいとし,ここでも,労働者権利の保護が確保されるようにしている。

その他
 これまで,ふれてきた内容以外で,私が結構注目しているのは,「内部告発の奨励」だ。この条文では,「いかなる組織や個人も労働契約法違反行為を通報(告発)する権利がある」とされ,さらには「県レベル以上の人民政府労働行政部門は,通報(告発)に貢献したものに奨励を与えなければならない」ということになっている。
 最近,日本での企業の不祥事発覚は,そのほとんどが内部告発に端を発するときくが,私が勝手に思っている中国人の感覚からして,その悪用の可能性も含めて,内部告発はどんどん増えてくるのではないかと思われ,本当に,労働者の権利を愚弄するような経営者にとっては,この条文は恐ろしいものになるのではないだろうか。
 ただし,これも,このような内容の法律が施行され,その内容について,労働者が理解していて初めてのことなので,地方を含め,各政府にはきちんと法律の,その内容も含めた広報をしっかりやっていく必要があるだろう。

最後に
 香港にいて,中国,主に華南地域から入ってくる情報により,今の中国を考えると,中国は今,将に日本というか,現在,産業先進国といわれている国が歩んできた道を現在進行形で歩いているのではと思う。
 広州や深せんの経済特区では,これまでその成長を支えてきた労働集約型産業や環境負荷産業(環境に悪い影響を与える産業)を周辺地域へ追い出し,域内には,高度技術産業,ソフト産業等の集積を計ろうとしている。そして他方で,その周辺の地域(都市)は,廉価な工業団地やありあまった人材,税金の優遇措置,ワンストップサービスの対応窓口などを設置して,域内に,広州や深せんから追い出された労働集約型産業等を積極的に取り込もうとしている。
 これは将に,太平洋ベルト地帯に重化学工業を集積し,経済を牽引させ,当該地域で深刻な環境破壊が発生した後に,テクノポリス法や頭脳立地法などの法律などにより,産業の再配置施策を行った我が日本と同じ道である。
 来年1月からの労働契約法の施行,及び施行に伴う労使関係の変化についても,成熟した資本主義国家においては,ごくごく当たり前の環境が整えられただけであって,ようやくそこまできた,と言えるだけなのかもしれない。中国の経済成長をいつまでも,弱い立場の労働者の犠牲で支えていけば,どこかで無理がくるのは目に見えているのである。
 今回の労働契約法施行も,そういった意味ではなにも特別なことではなく,当然あるべきものが,ようやくスタートしたととらえて,これを逆に「企業改革のチャンス」ととらえて対応するべきなのかもしれない。