香港にも押し寄せる景気後退の波
貿易ニュース鹿児島 2008.12月号
アメリカのサブプライムローン問題を端緒とした世界的な金融危機は,今や,景気後退の大波となっている。日本では,これまで「戦後最長の好況」を牽引してきた自動車などの輸出関連産業が北米市場の低迷や円高により大きな打撃を受け,さらに「実感なき好況」と言われ,元々弱かった内需は今後もさらに弱まることが予測される。
「もはや恐慌である」といわれるほどの今回の景気後退の原因をつくったアメリカでは,史上初の黒人大統領の来年早々の誕生に経済立て直しの期待がかかるが,イギリスのブラウン首相しかり,韓国の李大統領しかりで,経済立て直しの期待,それを根拠とした人気は,早い時期にその成果を示せなければ,一夜にして失望感,不人気に変わってしまうものなので,やはり多少の不安がつきまとう。誰が大統領であろうが,これほどの景気後退の克服を一朝一夕にできるとは思えず,過度な期待は禁物かもしれない。また,オバマ時期大統領が,国内自動車産業の支援に乗り出すなど,どちらからといえば保護主義的な経済政策を打ち出すのではないか,という点についても,日本への影響が気になるところである。
さて前語りが長くなったが,ここ香港である。2003年の新型肺炎SARS終焉以降,右肩あがりの経済成長を続けてきた香港経済であったが,当然のごとく景気後退の波が押し寄せてきている。その国民性なのか,どのような状況であってもあまり悲観的なことを口にしない香港政府のトップ,経済界のトップからも悲観的な発言が相次ぐ。
今回は,景気後退に揺れる 今の香港の経済状況について,お伝えしたいと思う。
ご存じの方も多いと思うが,香港の産業構造は,第1次産業 0.1%[1.4%],第2次産業 6.3%[25.9%],第3次産業 93.6%[72.7%]([ ]内は日本の数字。2005年 香港統計局及び日本内閣府 発表の数字)となっており,いわゆる「モノ」はわずかしか作っていないといっていい。逆に言えば,香港経済は,「人」(観光などのサービス業),「物」(貿易・物流業)「金」(金融業)が動くこと,また動かすことにより,支えられている経済であると言え,いわゆる今回の金融危機による景気後退は,同じ景気後退の中においても,香港にとって性質(タチ)の悪い種類のものといえるだろう。さらに,香港ドルがアメリカドルとの関係でペッグ制[為替レートを一定に保つ(変動しない)制度。よって,米ドルが対日本円で低くなれば香港ドルも低くなり,高くなれば香港ドルも高くなる]をとっていることからみてもわかるように,アメリカ経済と密接な関係がある。そのため,今回の景気後退が「アメリカ発」という点において,しかりである。
まずは,最近(本稿執筆時点)10月下旬から11月中旬における香港での新聞報道(「The Daily NNA 香港・華南版」及び「時事速報 香港」参照)等の中から,具体的にどのような影響が出ているのか,業界別の記事,また香港政府の発表などの内容を以下に挙げてみたい。
【金融業】
○世界的な金融業界のリストラが始まり,香港にもその波が押し寄せている。香港上海銀行の役員は,「今後は香港全体が人員削減の圧力を受ける。失業者は中国本土や東南アジアに職を求めなければならなくなる状況もありえる」と発言。
○香港の3つの発券(紙幣を製造している)銀行の一つである香港上海銀行(HSBC)が, 450人規模のリストラを実施。同行は,香港だけで2万1000人の従業員を抱える業 界最大手であり,同行の香港での人員削減としては,過去最大規模。
注)香港には,日本の日本銀行(中央銀行)のような発券銀行が存在せず,香港政府が製造している10ドル紙幣を除くその他の紙幣(50ドル,100ドル,500ドル, 1000ドル)は,上記香港上海銀行を含む3つの市中(民間)銀行がそれぞれのデザインで製造している。
○シンガポール開発銀行が,香港で600人規模のリストラを実施。
【不動産業】
○金融機関の貸し渋りが,住宅市場の縮小に拍車。銀行ローンの限度額や担保評価額が引き下げられ,購入者のマインドが悪化。政府の土地登記処によると,10月の新築住宅売買登記件数は,前月比で50%の減少。中古住宅でも同20%の減少となっている。○不動産大手:中原地産の会長は,今回の景気後退について「すでに業界は氷河期に入っており,この氷河期は相当長引くと覚悟を決めた方がいい」とコメント。
○中小不動産代理店の業界組織は,会員企業の8割が10月の売買成約件数がゼロであったと発表。うち5割は賃貸成約件数もゼロ。同組織の会長は,「今後1〜2ヶ月の間に中小不動産代理店の倒産ラッシュがおこるおそれがある」と予測。
○メリルリンチは,「セントラル(香港を代表するビジネス街)のオフィス賃料が景気減速に伴い,2010年までに5割低下する」との見通しを発表。新型肺炎SARS克服以降,2004年から続いたオフィス賃貸料の上昇は,今年第3・四半期に反落し,今後も低下傾向の見通し。
【小売・飲食業】
○SOGO百貨コーズウエイベイ店の売上高が前年同月比2%減少。同店の売上高が前年同 月比ベースで減少するのは,2003年の新型肺炎流行時以来。
○香港飲食業協会の会長は,「来年の春節(中国の旧正月。今年は1月26日から3日間)明けまでにレストラン6000店が閉鎖に追い込まれる可能性がある」との見通しを示した。○飲食業界に倒産の波。給与未払いのまま店舗を閉鎖するレストランも出始めており,「1998年のアジア金融危機時より深刻。年内に100〜200店舗が営業停止,失業者は1000人を超える」との見方も。
【観光業等 その他】
○政府が,地場旅行代理店1479社に行った経営に関する実体調査によると,個人や企業の消費引き締めにより,少なくとも1割以上の代理店で経営状況が悪化していることが判明。各社からは「クリスマス前の熱気が出てこない」との声も。○香港政府観光局は,来年の香港への観光客数はゼロ成長になるおそれがあると,厳しい 予測を発表。特に,欧米等からの長距離客が落ち込むと予想。
○香港競馬会のCEOは「金融危機の影響で馬券収入が落ち込んでおり,今年度は赤字計上の可能性がある。収入が最大で10%落ち込む可能性も」と発言。もし赤字計上となれば,香港競馬会史上初めてとなる。
【政府等調査報告】
○香港政府が発表した今年第3・四半期(7〜9月)の経済報告で,GDP成長率が前期(第2・四半期)比0.5%のマイナスとなることが明らかになった。2期連続のマイナスは新型肺炎SARSの影響を受けた2003年以来。財政長官は「雇用対策が急務」と発表。○国際通貨基金(IMF)は,香港経済に関するレポートの中で,来年の香港のGDP成長率は2%まで減速すると予測。
○政府統計処が発表した最新(7〜9月)の失業率は3.5%。前期(6〜8月)比
0.1%の悪化。特に,小売業や貿易・流通業,ホテル業 等で数字が悪化。ある大学の専門家は,「今回発表の数字は,11月に散見された大型倒産による影響を見込んでおらず,失業率上昇のピークは,来年第1・四半期になるのでは」と予測。(11月)○香港政府の財政長官が,今年のGDP成長率は目標の4〜5%に届かないとの見解を発表。第3・四半期の成長率も,外需・内需共に失速により,4.2%にとどまる。同時に発表された各民間調査機関等の来年のGDP成長率予測も,ゼロ成長から,3%以下の低成長が予測され,モルガンスタンレー銀行は,唯一マイナス成長を予測している。
○香港総商会(香港で最大の経済団体)は,2009年の経済見通しとして,「GDP成 長率は0〜1%に止まり,失業率は5%まで上昇する。特に金融業,貿易・流通業の停滞 が激しく,2003年のSARS流行時より,景気低迷が長期化する可能性もある」と発表。以上,最近の報道から業界別また政府発表等を記載してみたが,特に「2003年のSARS流行時以来」「1997年のアジア金融危機以来」という枕詞がその他の記事でも頻繁に登場し,これまでの歴史的な景気低迷と比較されて論じられている点からみても,深刻さが伝わってくる。
元来,政治には無関心というのが,長きに渡り植民地支配の中で生きてきた香港人の基本的なスタイルであるが,それには「経済が順調であり,自分の生活(雇用や収入)が順調であること」という前提がある。この前提が崩れた今の状況においては,いよいよ香港人の隠れた牙が政府に向けられるため,香港政府も景気立て直し,失業者支援のための施策を次々と打ち出している。最近,発表された香港政府等による取り組みを以下に紹介したい。
(1)金融危機を乗り越えるための経済政策を検討する行政長官直轄の委員会設置。
10月末に実施されたドナルドツアン行政長官(日本の首相に相当)による施政方針演説で,今回の景気後退を乗り越えるための経済政策を検討していく委員会「経済チェレンジ委員会」の設置が発表された。メンバーは,金融業界,不動産業界,学界等から選出された10名。11月3日に開催された初会合では,今回の景気後退による影響が著しい金融サービス業,貿易・物流業,小売り業,不動産・建築業の4分野の競争力強化と新たな産業構造構築が必要とされ,12月の2回目の会合により,具体的戦略が打ち出される。(2)中小企業向け特別信用保証制度の実施
香港政府は,緊急経済対策の一環として,中業企業向けの特別信用保証制度を実施すると発表。総額100億ドルを基金として積み上げ,金融機関からの融資(融資額の上限は100万香港ドル)の70%を政府保証する。(3)中国・華南地域に進出している香港系企業等を支援する施策
11月中旬に,行政長官が東莞市の香港系中小企業を訪問。訪問後に,広州市や深せん 市,東莞市,仏山市 等中国華南地域に進出している香港系企業を支援するために,以下 の4項目を,香港政府から中国政府に要望すると発表。
@加工貿易について,増値税輸出還付,業態転換などの政策優遇
A労働コスト上昇の原因になっていると言われている今年1月施行の・労働契約法による規制の緩和
B香港系企業商品の中国本土での販売支援
C中国本土銀行と中国政府による香港系企業への融資の拡大(4)公共事業の前倒しの実施
失業悪化が見込まれる建築作業員の雇用対策として,小規模なインフラ建設を中心に,以下のとおり,公共事業の前倒し実施を行っていくと発表。
@3ヶ月以内に公共工事44件を着工し,約6900人の雇用を創出。
A3ヶ月以内に,公共工事22件の入札を実施し,入札後3〜4ヶ月以内に当該工事の着工 5500人の雇用を創出。
B来年7月までに,大規模な公共工事
100件を立法会(日本の国会に相当)に予算申請し,承認後は速やかに入札・着工し,4万人の雇用を創出。
こうしてみると,日本以上にあの手,この手という印象であるが,それだけ必死さが現れているともいえる。
また上記香港政府の対応とは別に,中国政府も,中国本土住民の香港への個人旅行資格の適用範囲の拡大や,本土にある香港系企業への融資枠拡大,税制優遇などを打ち出し,香港の困難克服を全力で支援する,としている。ご存じのように,香港は,2007年の数字で,日本からの農林水産物輸出量が米国を抜いて1位となった。これは,中国産や他国産と比し値段は高いが,安心・安全でおいしい,日本の野菜・果物・魚などの食材を買い求める香港人が,各自治体が競って開催している商談会や物産展の影響もあり,着実に増えてきていることを示している。また,香港から日本への観光客数も着実に伸びており,香港人が最も行きたい観光地は日本である。特にわが鹿児島県への香港からの観光客数は,昨年の定期チャーターから今年4月の空路定期便就航を受け,特に顕著な伸びを示していたところでもある。
残念ながら,今回の景気後退はこういった香港と日本の経済的つながりにも少なからず,影響を与えていくであろう。ただ,勿論,そのような状況をしっかり把握した上での多少の戦略変更は必要であろうが,こういう状況の時こそ,民間も行政も頭の使いよう,とも言えるだろう。