香港における小売業戦略は
貿易ニュース鹿児島 2008.6月号

 去る5月14日(水),所属している香港日本人商工会議所の農水産部会において,「イオンストアーズ香港」の福本 裕 副社長のご講演「香港と中国の小売事業について」を拝聴する機会があった。福本副社長は,過去に中国の青島イオン1号店の立ち上げや広東ジャスコの経営,現在は,イオンストアーズ香港の副社長として,香港事業のほか,中国華南地区の広東ジャスコや深せんイオンの経営にも携わっている。
 講演内容をお聞きした率直な感想は,小売業という業種のみならず,中国ビジネスどの業種においても参考になるような示唆に富んだものであったので,ぜひ皆様にもご紹介させていただきたいと思う。


イオンストアーズ香港の概要
 福本氏が副社長を務めるイオンストアーズ香港(AEON STORES(HK) CO.LTD)は,1985年に設立され,香港第一号店となる「コーンヒル店」が開店されたのは,設立から2年後となる1987年。同店は昨年20周年を迎えており,本寄稿を執筆している2008年5月末現在においては,店舗の大改装を行っている最中である。
 このコーンヒル店は,香港の中でも特に在住する日本人が多く,日本人幼稚園などもあるコーンヒル地区の中心にあり,すぐ隣の地区であり,同じく,日本人駐在員が多いタイクーシン地区と併せて,この地区の住民を主な顧客対象としている。現在,タイクーシンにすんでいる私を含め,歴代の本県香港駐在員は,この両地区どちらかに住んでいたため,同スーパーにも皆,お世話になってきている。
 同社の概要に話を戻すと,同社は,コーンヒル店と同様の形態(食料品・日用品だけではなく,衣類や電化製品などの販売も行っている総合スーパータイプ)の店舗を6店舗,食料品・日用品に特化したスーパーマーケットタイプを3店舗,そのほか日本の100円ショップのような10ドルショップ(1香港ドル=約13.3円)を18店舗,昨年スタートした弁当ショップを2店舗,展開している。また,中国華南地区においても,広州や深せんにおいて,店舗拡大を図っており,現在の従業員数は,フルタイマーが1700人,フレックスによる雇用が1300人と,合計で約3000人とのことである。

香港小売業の特徴
 福本副社長は,香港小売業の特徴を以下のようにとらえており,その特徴を踏まえて,常に経営戦略をとっているとのことである。
@基本的に関税がかからないこと。
A狭い地域に,多くの人たちが住んでいるため,効率的に買い物が行える場所であること。
B参入障壁が低く,魅力的な市場のため,当然競争は厳しくなる(参入も消えるのも早い。)
C力をもつ巨大 不動産系会社が,自社ビルを建設した上で,それをショッピングモールやオフィスの複合ビルとして,小売業に参画してくる。
D日本以上に,所得格差が大きいため,レストランにしても,スーパーマーケットにしても,それぞれの所得にあったレベルの店が存在する。(値段が高いところは高く,低いところは低く。商品のレベルもピンからキリまで。)
E不動産価格が基本的に高く,しかも乱高下するため,他の国に比べても,特に家賃を気にしながらの経営が必要となる。

 上記の特徴で,特に私が印象的に感じたのは,2点ほど。まずは,「香港は小売業として魅力的な場所であるからこそ,競争が激しい」という点。これは,いわゆる日本・各自治体の県産品の輸出促進の取組に当てはめても同じことがいえるだろう。香港は,地理的にも,また地域としての所得レベル的にも,またなにより,原則関税がなく規制が低いこともあり,自治体が県産品の輸出を考えた際に,まずは,名前があがる地域の一つであると思う。そのため,1年を通して,日系スーパーで開催される物産展や商談会などは,かなりの回数に上っている。ただ,それだけに,自治体間の競争も激しく,定着させ,レギュラー的な輸出にもっていくためには,長期的かつ腰を据えたしっかりした取組が必要となる。フェアや商談会を開催するのは簡単。人も集まる。ただ,レギュラー商品として,常置され,しかも一定レベルの販売量を維持するのは,日本各地だけでなく,世界の商品が集まるここ香港ではそれほど安易なことではない。

 もう1点は,「不動産価格を気にしながらの経営」という点。香港の経済は時に,「不動産経済」といわれ,その価格の動向が他の国・地域以上に大きく本経済に影響を与える。それは,香港に事務所を構える日本の大型企業や公的機関もその例外にはなく,実は,鹿児島県香港事務所がスペースを間借りしている日本貿易振興機構(JETRO)香港センターも,2008年8月末での移転がほぼ決定しているほか,県人会の方や業務関係者からも,事務所移転の話は,よく聞かれることである。ただ,小売業といえば,店舗の立地は生命線であろうし,かといって,立地の良い場所は家賃が高い,ということになり,本当に難しい選択を迫られるのだろうと推測される。

定着している日本食品に対する信頼感
 福本副社長は,香港消費者の傾向を以下のようにとらえているという。
@食品の安心・安全への意識が高い
A健康や美に対する意識が高い
B日本の食品・製品への高い信頼感
C世の中の流行に敏感

 @については,特に,食料品はそのほとんどを地域外からの輸入に頼っている香港では,日本人がもっているような「国内産に対するなんとなくの信頼感」というものがないため,常に,「この食品は大丈夫だろうか」という感覚をもっていると思われる。特に,中国返還後は,中国からの食品の輸入が大幅に増加しており,それと共に,残念ながら食品の安全に関する事故もかなり増えている。そのため,常に,安心・安全なものを口にしたい,という思いはかなり強いのだろうと思われる。ただ,これも値段次第であり,私の香港人アシスタント曰く,「日本食品が安心・安全であることはわかっているが,高すぎて買えない」というのもまた事実であろう。
 Aについては,男女の健康に対する意識,女性の美に対する意識の高さは,確かにすごく感じる。ストレス社会で,しかも油っぽい中華料理を好んで食するここ香港は,個人的にあまり長寿のイメージがないような気がしていたがその実,世界1,2位を誇る長寿地域である。「長生きして,おいしいものを食べよう」「長生きして,ずっと家族に大事にされよう」という思いが強いのだと思うが,朝の公園などは,特に70歳代,或いは80歳代だと思われる高齢者が,軽運動をする姿が日本より目立つ。女性の美に対する意識というのは,世界各国場所を問わないと思うが,ダイエット系や豊胸系の広告が,日本以上に目立つ(気がする)ここ香港も例外ではないということだろう。だから,新しく売り込もうとする食品や製品が会った場合,健康や美容に資する,という点からのアプローチは,非常に重要になってくる。

 昨年12月 深せんにオープンした新店舗

 Bについては,福本副社長に寄れば,日本食品が販売されてからの歴史が長いことは勿論,日本への旅行が人気なのも,その理由だろうとのことである。地域が狭い(東京都の約半分)香港では,基本的に「旅行といえば海外旅行」であるが,日本は,「タイ」に次いで,2番目に人気の高いデスティネーションである。日本旅行を繰り返し,在香港の日本人より日本に詳しい香港人も多い。そういう人は,日本食品の本当のおいしさや安全性をよくしっているため,「少しまねただけ」の商品には満足せず,その代わり,本当の日本商品に対する信頼感などは,絶大なものがあるという。
 さらに,同グループにおいては,国内でも食品価格等の高騰の中,自社ブランド(PB)の人気が高まってきているようであるが,ここ香港でも,同じような傾向になりつつあるという。日本に旅行した香港人が,日本でも「イオンショッピングセンター」等に立ち寄り,同SCなどが日本人からも愛されていることを自分の目で確認し,それが「イオングループへの信頼感」につながり,「同社のPBなんだから安心」というような思考へつながっていくケースも多いのではないかと思われる。

大切な現地人材の育成
 福本副社長は,中国事業を成功させる秘訣として,@ 店舗開発力 A 商品開発力 Bコンプライアンス と併せて,「長期的人材育成」を挙げられていた。
 大学を卒業した中国人などは,記憶力や計算力,言われたことをこなす対応力などは,日本人以上に,非常に高い能力をもっている人も多いという。ただ,高学歴或いは日系企業に勤務することに「特別意識」をもっている職員も多く,入社と同時に,「企画がしたい。経営がしたい。」と言ってきたりするらしい。同社では,いわゆる幹部候補生であっても,店舗の現場を知ることの重要性を認識させること,また,本当のサービスを身につけさせることを徹底しているという。特に,後者については,元来,「本当のサービス」を自分たちも受けて育ってきていないため,なかなかそれのなんたるかを理解させるのが難しいらしい。そこで,おつりを投げて渡されるのと,手に渡されるのを両方やらせて,どちらが気持ちがいいかをわからせるなど,研修にはロールプレイも頻繁に活用しているという。
 海外ビジネスにおいては,日本からの駐在員と現地職員との良好な関係の構築や,現地職員のモチベーションや愛社意識を高めるための取組が非常に重要だと言われるが,同社は,きちんとその部分についてもケアがされているようである。

最後に
 ジェトロ香港センター作成の資料「香港の日本食品市場の動向と流通」によれば,香港の食品小売業は,香港地場系スーパー2社による複占状態にあり,2社によるシェアは,約80%という。実は,この2社におかれている日本製品はお菓子などの加工品だけであり,生鮮品(肉や野菜,果物)は本県産に限らず,日本産のものはほぼ全くならんでいない。同2社は,主にミドルクラス以下の香港人を対象(といってもわれわれのような海外からの駐在員やアッパークラスの香港人も,使い分けによって頻繁に利用しているが)としているため,価格的に値段が高くなる日本の生鮮品の参入は難しいことになる。
 上記2社を除いた残り20%部分のところを,ジャスコやSOGO,シティースーパー,西田西友「2008年4月末より『一田(やった)』に改名」」などの日系スーパーや,香港内に約300カ所あるといわれている「街市(がいし,と呼ばれる公設市場で,一般人も購入可能。)」などが奪い合っている。
 福本副社長も,同社のシェアはまだまだ低い,と謙虚であるが,2大スーパーに,価格的な面も含めて,最も戦いを挑んでいっているのは,日系スーパーの中では,同社のような気がする。
 ターゲットは,ずばり「香港で生活される地元のお客様 ミドルクラスのファミリー」であり,スケールメリットを活かした低価格設定に加え,衛生面や安全性を重視すること,メンバーズカードを活かした営業,無料配達サービスなど,日系ならではのきめ細かなサービスを充実させて,顧客の取り込みを図っている。
 これから,ここ香港でも,華南地区においても,店舗及び事業拡大が図られていくと思うが,今回の話をお聞きして,10〜20年後,同社が香港の食品小売業の勢力図を替えている可能性は十分にあるのではないか,と思い,席を立ったところであった。