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雑貨・商社

(有)マナベ帽子

会員者情報

企業名 有限会社マナベ帽子
所在地 鹿児島市玉里団地三丁目24-3
電話 099-220-9875
名前 代表取締役 真鍋 和観  氏

インタビュー(貿易ニュース鹿児島2005,2月号掲載)

代表取締役 真鍋 和観  氏

現在、県内唯一の帽子専門卸売業である有限会社マナベ帽子の創業は昭和51年、真鍋社長が36歳の時で、昭和60年に有限会社となり、今年で創業28年目となる。帽子全般・服飾雑貨を扱い、帽子の卸先は、大型量販店、衣料品店、学校(購買部)など県下一円に及んでいる。真鍋社長と奥様で専務の真鍋英子氏にお話を伺った。

 創業前の真鍋社長は、鹿児島市内でも有数の帽子専門店に勤務、卸部に所属してメーカーからの商品調達や県内各地の衣料品店等への商品供給などを担当していたが、会社の社長が亡くなり、取り引きしていたメーカーの薦めもあったことから、独立を決意した。独立したのはよかったが、当時自宅を購入したばかり、二人の子供は幼く、不安も大きかった。今でこそ3棟の倉庫があるが、当時は、自宅が倉庫も兼ねていたという。

 独立した真鍋社長にとって、取引先の確保は最も重要な課題であった。前の会社時代のつながりで取り引きしてくれる店もあったが、新しい取引先の開拓のために県内各地を走り回った。その結果、ニシムタなどの大型店、学校関係の体操帽子を扱う文具店や、平川動物公園の売店など、次々と新しい取引先を開拓することができた。当時は、ホームセンターなどができ始めた頃で、販路の開拓先が時代にマッチしていたのかもしれないと、真鍋社長は語る。

 帽子業界を取り巻く環境は、大きく変化してきた。真鍋社長が独立した昭和50年代はじめ頃から、学校では中学、高校の制帽が廃止された。また、帽子の小売り部門も専門店や衣料品店、百貨店などが中心であったが、これらに代わって駐車場を備えた郊外型の大型量販店の時代となり、従来型の小売店は徐々に淘汰されていった。県内には当時、老舗の帽子卸売業者が3社ほどあったが、小売店の減少に伴い全て廃業していった。マナベ帽子の場合、帽子・衣料品なども扱う大型量販店が増加し始めた時期に創業し、既存の同業者に先駆けてこれらの量販店に積極的にセールスし、取引先を開拓してきたことが逆に幸いしたという。

 ところで、帽子には、大きく分けてファッション用と実用の2つある。これがさらに婦人・紳士・子供用、色、素材、用途、季節などで細かく分類され、マナベ帽子で扱っている商品は200種類ほどにもなるという。売れ筋の商品の見本を買ってきて、鹿児島向きに改良を加えて生産の注文を行っているが、真鍋社長は1週間ぐらい自分で実際にかぶってみて、使い心地を試してから生産させている。女性物の帽子もかぶってみるそうだ。市場調査やデザインの研究を常に行い、他社のデザインのいいところは学んで、同社オリジナルの商品を作り出している。

 帽子の産地は国内から海外に大きくシフトしてきた。マナベ帽子が取り扱う商品の約9割は中国、韓国、東南アジアなどの海外製品で、残りが国内製品である。布製帽子は大阪、麦わら帽子は岡山という国内の主産地があったが、コストの安いこれらの国々の生産が増大した結果、国内での生産が激減し、かつてのメーカーの中には、中国に生産拠点を移したり、輸入業者に転換したケースも多い。同社が取り扱う海外製品には、海外から直接仕入れるものと大阪や岡山の業者を通して間接的に仕入れるものがあるが、今後は直接仕入を増やし、さらにコスト削減を図りたいと考えている。

 マナベ帽子では、10年ほど前から中国製品を仕入れており、3月には夏用の麦わら帽子など1コンテナ分が志布志港に到着する予定である。これは、昨年の夏に中国のメーカーに発注したものであるが、鹿児島の市場規模を考えた場合、小ロットで多種類の商品を、必要な時期に仕入れることができればより効率的であることから、地元商社と提携したコンテナの混載の可能性を検討中である。また、韓国へは、主に専務が年に8回ほど出向き、必要な量だけを購入してくる。価格や材料、デザインなどが違うため、韓国と中国では商品のすみ分けをしているという。         

 品質、コストなどの面で、取引先である量販店等の要求は厳しく、県外業者との競争を勝ち抜いていくためには、安くてデザインの良い商品を提供する必要がある。今後ますます中国や韓国など海外との行き来が増えそうだ。帽子業界の先行きがどうなるか見通すのは難しいが、県内唯一の帽子専門卸業として取引先に迷惑をかけないように、また、社員の生活を守るためにも、堅実な経営を続けていきたい、と真鍋社長は語った。

 真鍋ご夫妻には、昨年、当協会が主催したタイ・マレーシアでの貿易商談会に参加していただいた。真鍋社長の趣味は釣りで、ボートも所有しておられる。昨年11月には、クアラルンプールでお世話になった県人会長一行が来鹿された際、錦江湾クルージングに船を提供していただいた。一方、専務の英子氏は写真が趣味で、これまで何度もコンテストで入賞し、商品見本の写真もご自身で撮影されることもあるという。お二人の趣味は異なるが、仕事については、創業以来2人3脚で続けてこられた。ご夫妻をよく知る方から「絶妙のコンビ」と伺ったが、商談会や今回の取材を通じて十分納得させらた。 マナベ帽子のますますの発展を祈念いたします。

 (貿易ニュース鹿児島2005.2月号掲載)

弓場貿易㈱

会員者情報

企業名 弓場貿易株式会社
所在地 鹿児島市卸本町8-20
電話 099-268-9711
名前 代表取締役 弓場 秋信 氏

インタビュー(貿易ニュース鹿児島2006,5月号掲載)

代表取締役 弓場 秋信 氏

県貿易業界の第一人者で、本誌の”弓場社長のワンポイント アドバイス”や地元紙にもよく寄稿されている弓場社長を訪ねた。
このコーナーで紹介するのも今更という感がしないでもない。本人も照れながら海外貿易を始めたいきさつなどを懐かしそうに語ってくれた。

 若い頃から海を見ては、海外への憧れを募らせていた青年は、昭和42年19歳の時、台湾を一人旅する。初めての海外体験である。この時、現地でいろいろな人に親切にしてもらった感激が海外との交流に拍車をかける。

 24歳の時に溶接関係で青年海外協力隊員としてマレーシアに赴任する。厳しい活動の合間も、時間を見つけては東南アジア諸国を旅した。
 任期を終えるとすぐに帰国しなければならなかったが、公用旅券の変更手続をしてヨーロッパに向かう。ローマ行きの航空券を買ったところモスクワ経由だったため、熱帯のマレーシアから半袖しか持たない状態で、極寒のモスクワに3日ほど滞在する羽目になったとか。本人もこの頃はまだ旅慣れていないようである。それでも警備の厳重さや町並みの美しさなどが印象に残り、見聞を広めることができたとか。
 それから本来の目的地であるローマを始めヨーロッパを1ヶ月ほど回り、さらにイギリスで4ヶ月間英語の勉強をして帰国した。

 帰国後は、貿易や英語とは全く関係のない大阪の袋物の製造工場で6年間働き、鹿児島に帰ってくる。
 鹿児島に帰ってきて何をしようかと迷っていたとき、やはり好きな海外関係の仕事をしようと貿易を始める。幸いに大阪時代に蓄えた資金もあった。
始めると言ってもノウハウがあるわけでもなく、アドバイザーがいるわけでもない。 本屋に行って「貿易実務」という本を買い、アパートの1室で、独学で本をひもときながら、妻との2人3脚のスタートである。

 当時はメールやファックスのような便利な物もなく、また人脈、ネットワークもないため、ダイレクトリーやジェトロや県の引き合い速報を見ながら、ただひたすら手紙を書き続けた。100通出しても返事が1通来るかこないかといった状態だった。やっと返事が来たその1通も「手紙を見たが興味はない。」という断りの内容だったとか。それでも、その時は返事がきたことだけでも嬉しかったという。

 貿易を始めて1年目は、韓国へのしょうがの輸出の1件しかなかったが、ダメもとで3年ぐらいは夢を見ようと思っていたため、特にあせりはなかったという。2年目にな

って軽石やエビの配合飼料、孟宗竹の花器などを輸出するようになり、3年目にして取扱い品数も増え、なんとか食べていけるようになった。

以降、銀行や、ジェトロ、県などの協力も得ながら、業務は順調に拡大していったが、もちろん、多くの失敗もある。
インドネシアから年間4億くらい輸入していたかつお節の原料が内乱で一瞬にして消えたこともある。1985年のプラザ合意では、扱っていた商品の8割がダメになり、かなりの痛手を受けた。このとき為替は動く物だと言うことをしみじみ感じ、輸入にも力を入れるようになる。
弓場貿易では現在金額レベルでは輸入が多い。貿易は為替、相手国の政治状況、治安などに左右され、リスクが多い商売だと言うことは身をもって感じている。そのため最近では国内業務にも目を向け、国内の卸業をはじめることでリスク管理を行っている。

手前みそになるが、弓場社長は貿易業で成功した理由の一つに、県などが主催する貿易商談会への参加を揚げてくれる。商談会に参加するメリットは、紹介される企業がある程度信頼ができること、参加者の間で異業種交流ができるなどで、効率的に、安心して取引ができ、人脈も広がっていくという。昭和57年の第1回目の県の主催する商談会に参加して以来、入院していて行けなかった時を除いて全て参加している。

 ボーダレス化が進む中で、国内だけでは生きられない地域経済社会になってきた。今後、海外との交流、貿易はますます盛んになっていくだろう。
これから貿易を始める人へのアドバイスをお願いした。
 「貿易をはじめようとする人は、広い視点が欲しい。国が違えば価値観や考え方も違う。最終的には人対人なのであり、異文化理解ができることが大事である。取引を始めるときに相手の国だけを見て判断するのは危険で、信頼できるビジネスパートナーを見つけることも大事である。いろんな意味で目利きが大切である。」

中国との関係については、
 「今は中国抜きで貿易は考えられなくなっているが、「China+One」という考え方で中国を補完できる国を探し、取引を始める事も大切だ。しばらくは貿易相手国として最大のパートナーだと思うが、中国が何を欲しがっているのか、何を考えているのか、見極めなければならない。また、中国と取引する場合は、集金機能をしっかりしておかなければならない。マーケットの大きさに惑わされがちだが、現実をしっかり見て対応することが大切だ。小さくてもオンリーワンを狙うこと。幸いに、鹿児島には日本一がたくさんある。」

 弓場貿易では現在、通関士、外大卒、青年海外協力隊OBといったさまざまな経歴を持つ11名が働いている。弓場社長は社員の持っている能力を最大限に伸ばせるような会社でありたいと願っている。今でも青年海外協力隊員の面倒を見、途上国の発展を願い、全ての国の人が豊かになることを祈っている弓場社長にとって、貿易業はまさに天職なのだろう。
<「弓場社長のワンポイント アドバイス」は、当協会のホームページに掲載されています>

(貿易ニュース鹿児島2006.5月号掲載)

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