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鹿児島と上海の交流発展によせて

鹿児島と上海の交流発展によせて

(財)日中経済協会上海事務所  所長 﨑岡 洋右

対岸から見る景色も時代によって異なるイメージを与えられるものとそうでないものがある。その対岸というのは外灘だが、ここはオールド上海を今も強く感じさせてくれる所だ。日本の懐メロのいくつかには「上海ブルース」をはじめ、いくつかの懐かしの上海を歌った名曲があり、私の年齢以上の人達には、これらの名曲から上海のなんとなくロマンチックなそしてなんとなく怪しいまでの魅惑を感じるイメージを持っておられるだろう。”夢の四馬路”、”ガーデンブリッヂ”等という懐メロの中にでてくる言葉はいやでも感じさせるオールド上海のイメージそのままである。
このガーデンブリッヂ(現在は外白渡橋という)は外灘の端にあり、これを渡ると旧日本共同租界(現在は虹口区、ホンキューと言ったほうが年配者には通りがよいと思うが)に入るのだが、この外灘から黄浦江を挾んだむこう側である浦東新区を見ると、そこには新しい上海を象徴するような風景に一変し,大発展の上海を誇示するような摩天楼の群れが見られる。タイムスリップして1930年代に帰った上海を感じる外灘から、対岸は一挙に2002年の上海がそこにある。この感じが私はとても好きなのであり、発展の代名詞となっている上海、活気の坩堝の中にいる状況はそれはそれで良いのだが、なんとなく心に物足りなさを感じる。
そこで思い出すのは、8年以上も前の鹿児島勤務時代に毎朝毎晩オフィスから見たあの雄大な桜島の景色である。そこには外灘や浦東のような華やかさはないが、見るものの心に自然の素晴らしさと、人生とは何かを深く感じさせる何か尊いものを感じさせてくれた。上海生活も通算4年半になり、ここの生活も大いにエンジョイしているのだが、今でも忘れられない鹿児島の懐かしさ、そして桃源郷のような温泉の豊富な鹿児島の良さを与えてくれた鹿児島の皆さんに今も感謝している。
1994年7月に長いソウル勤務から直行して鹿児島に3年、そして又上海勤務になり、鹿児島を挾んで二つの隣国を体験した。当時の上海は中進国韓国から見るとかなり遅れた発展途上地域という感であったが、今やその面影は少なくなりつつある。今や上海は世界の注目を集め、日本企業が熱い目差しを注いでいるホットな地域である。この地域が鹿児島からわずか1時間20~30分の距離の所にある。考えようによっては鹿児島は宝の地域を抱えているようなものである。香港、シンガポールとアジアで重要な発展地域との長い交流実績のある鹿児島は期を逃すことなく、有利な経済的地理条件を上手な戦略に取り入れ地域経済の発展に連げてほしいと期待しているところである。鹿児島大好き人間、上海大好き人間の私としては両地域が手を取り合ってアジアの発展に寄与してもらえればなによりも喜しい事であり、鹿児島の皆さんのために私に何かできることがあれば及ばずながら力になりたいと考えている。

(財)日中経済協会上海事務所連絡先:
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(筆者は1994年7月~1997年7月までジェトロ鹿児島貿易情報センター所長として勤務)

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