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インタビュー

東洋埠頭㈱志布志支店

会員者情報

企業名 東洋埠頭株式会社志布志支店
所在地 曽於郡志布志町志布志3275-2
電話 0994-72-1771
名前 営業統括部長 川嶋 重夫 氏

インタビュー(貿易ニュース鹿児島2003,9月号掲載)

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今回は、国際物流拠点港湾「志布志港」に1986年7月に支店を開設された東洋埠頭株式会社志布志支店を訪問し,川嶋重夫営業統括部長にお話をお伺いしました。
 東洋埠頭株式会社は昭和4年の創業で,埠頭・倉庫業の大手として東京晴海に本社を置き,全国8箇所に支店を持つ。県内では,ほかに鹿児島港にも営業所をおいている。
 志布志港において,外国航路の代理店業務を行っているのは,現在のところ(株)上組と東洋埠頭(株)の2社だけである。東洋埠頭(株)は神原汽船(株)の中国・韓国航路,オー・オー・シー・エル(株)の香港・台湾航路,東京船舶(株)及びAPLの台湾航路のコンテナを取り扱っている。(株)上組では、民生輪船有限公司の代理店として大連,上海,青島への中国航路の貨物を扱っている。

 ところで,志布志港で扱う貨物の9割は輸入であり,アメリカ,カナダといった北米からの牧草が一番多い。2番目がオーストラリアからの牧草。3番目が中国からの稲ワラ。4番目が東南アジアからの飼料,雑貨等となっている。遠隔地の北米・南米・ヨーロッパやオーストラリアからの荷物は,台湾の高雄と香港でトランシップし,志布志に持って来ている。中国の稲ワラは,大連から釜山経由で入ってきている。
 反対に,香港・高雄・韓国の釜山といったハブ港を利用することにより,北極・南極以外は世界中どこへでも,志布志から荷物を送り出すこと,また持ってくる事ができる。
 特に輸入雑貨は,南九州では消費人口が少なくロットがまとまらないため,大きな消費地を控えた博多港からの輸入がかなり多い。また,鹿児島の場合は,貨物の量とIT産業が多いことから,どうしても航空貨物の利用が多くなってしまう。

貨物の取扱量を表すのにはTEUという単位がよく使われる。1TEUは20フィートコンテナ1本のことである。昨年の志布志港の貨物の取扱量は33,500TEUで,これは九州の港としては第3位の取扱量となっているが、1位は博多港で,生活雑貨品やイギリス・北米からのモルトの輸入,ブリジストンタイヤやホンダのオートパーツ,三菱の電気機器などの輸出が主なところで,約53万TEUの取り扱い,2位は北九州(門司を含む)で約30万TEUと,取扱量が桁違いである。ちなみに4位は伊万里で魚粉や大川家具関連などで22,300TEUとなっている。
 特徴的なのは,博多や北九州などは輸入・輸出のバランスがとれているのだが,志布志港は取扱貨物の90㌫強が輸入で,輸出は10㌫にも満たないと言うことだ。そのため,志布志で陸揚げしたコンテナを,旭化成関係のケミカル品の輸出が多い細島やCanonの輸出が多い大分にまわし,輸入の強い港と輸出の強い港をうまくつないで,コンテナ航路を維持する工夫をしている。それでコンテナ船は,まず輸入の多い志布志港に入港すると言うことになる。
 志布志で陸揚げされた貨物は,地元の大隅をはじめ,鹿児島市内,宮崎,都城へ,また定期航路で離島へも運ばれる。トウモロコシ,マイロ,メイズなどの飼料は国内船に積み替えて他の飼料工場などに運ばれることもある。
 昨年,オー・オー・シー・エル(株)が日・水の週2便になり,さらに今年6月からAPLも毎週火曜日に寄港するようになった。寄港回数が増えたため,徐々に取扱量は増えている。
 今年度の志布志港の取扱量は4月4,800TEU,5月4,000TEU,6月3,500TEUで,最終的に40,000~45,000TEUくらいになり昨年を上回るのではないかと期待している。
 最近関わった例として,鹿児島相互信用金庫主催の海外ミッションで中国義烏市に同行したことがあるが,参加者のみなさんが購入した少量多品種の日用品雑貨を,個人の貨物利用のテストケースとして,コンテナ利用で混載して,持って帰ってきたことがある。
 こういったケースがうまくいけば,志布志港の取扱量もますます増えていくことになると思う。

さて,九州にはたくさんの港があり,生き残っていくためには世界の主要ハブ港に直結した航路を持つ港でなければならない。最終的に,九州にこのような港が東西南北に一つずつあればよいというような事になっても,志布志港は生き残れると確信している。更なる利用を増やすために,PRに力を入れて志布志港の知名度をだんだん高めていかなければならないと考えている。
 鹿児島は日本有数の農・畜産県であり,これまで培ってきた優れた関連技術やその中から生まれた類を見ない製品もあるようだ。例えば,焼酎滓やふん尿を処理してできる飼料や土壌改良材など,その技術と併せ,これを輸出につなげることができないかと思う。
 酪農や畜産,養殖など,鹿児島の産業には今後大きな可能性があると思える。

 最後に,川嶋部長が,横浜に勤務しておられる時の事,コンテナの中に密航者が潜り込んで入国し,後でコンテナにあいた穴でその中に密航者が居たことが判明したことがあったという。志布志ではまだそういうことはないとのこと。いずれにしても,志布志港は,世界各国と船で結ばれている。志布志町が,将来海外のどこかの同じような港湾都市と姉妹盟約を結ぶことがあれば,是非行ってみたいとのこと。

鹿児島空港ビルディング(株)

会員者情報

企業名 鹿児島空港ビルディング株式会社
所在地 姶良郡溝辺町麓822番地
電話 0995-58-2110
名前 取締役総務部長 西 邦光 氏

インタビュー(貿易ニュース鹿児島2003,8月号掲載)

取締役総務部長 西 邦光 氏

鹿児島空港ビルディング株式会社は、地元主要企業、国内主要航空会社、鹿児島県などの出資により昭和44年に設立されました。
 取締役総務部長の西邦光氏にお話をお伺いしました。
 ちなみに、同社代表取締役社長松元茂氏には、鹿児島県貿易協会副会長にご就任いただき、鹿児島の貿易振興にお力添えをいただいているところです。
 さて、鹿児島空港といえば、南九州の拠点空港及び我が国のゲートウェイ空港として発展を続けている空の玄関口ですが、平成14年の鹿児島空港の利用客数は過去最高の630万人だったそうです。これは、九州では福岡空港に次ぐ乗降客数です。鹿児島空港は、さらに将来を見据えて、施設の整備・拡充をすすめ、現在800万人対応の施設としての機能を備えているそうです。
 こういった実績を支える鹿児島空港ビルディング(株)の業務についてお聞きしました。
 「主な業務は、空港ビルディングの管理運営です。国有地に,現在のターミナルビルを建設しましたが、航空会社やレストラン,売店などの事業者に施設、設備を提供するほか、ビル内総合案内所の運営やお客さまの為の館内放送なども仕事の一つです。
 鹿児島空港は、鹿児島に最初に足を踏み入れる場所ですので、鹿児島を感じられるものでなければならないと思っています。そのためにも,ターミナル前の植栽を始め、館内も季節の花を飾るなど鹿児島らしい雰囲気造りに努めております。
 またお客様のために、ビル内のバリアフリー化にも力を入れており,エレベーターやエスカレーターを車椅子用に作り替えたり、動く歩道を設置したり,全国的にめずらしい畳のベンチも設置しています。時代と共に施設も変わっていかなければならないと考えております。
 さらに、多くの方々に空港をご利用いただくために、2階のフロアーでは韓国物産展を行ったり、ほかにも元旦の初日の出イベント、夏祭りイベントなどを実施しています。エアポートギャラリーを設け、地域文化発信のお手伝いもさせていただいております。
 来春の新幹線開通を念頭に、1階にある総合案内所もリニューアルしましたが、新幹線の開通は航空業界に大きな影響を及ぼす出来事だと思います。開通後の空港と鹿児島市内のアクセスをどうするかが、私共にとりまして重要な課題であると考えています。空港と駅をいかに短い時間で結び、共生が図れるかということです。現在、JR九州が『レール&エア』という商品を売り出してますが、今後はこういった形でJRと一緒になった企画を打ち出していきたいと考えています。」

 さて、ここでゲットした耳寄り情報を一つ、二つ!
 一つ目、皆様、熊本の馬刺は鹿児島空港がないと食べられないと知ってましたか。実は、九州で牛や馬の検疫ができるの、鹿児島空港だけらしいです。で、月に1回,アメリカから専用のジャンボ・カーゴで,100頭前後の馬が入ってくるそうです。(もちろん馬刺用です) 鹿児島で動物検疫を受けた後,通関し,その後熊本に運ばれるのだそうです。
 二つ目、小型航空機の輸入は殆どが、鹿児島空港からだそうです。なぜかというと、小型機は燃料を多く積めない為,アメリカから南回りに、島(国)づたいに、給油しながら飛来し,日本の南の玄関口鹿児島空港で通関するのだそうです。
 最後にもう一つ、海外からのロケット部品の輸入も全て鹿児島空港からだそうです。(種子島、内之浦がありますからね)

[関連特別取材]
鹿児島空港給油施設株式会社 取締役畜産事業部長 山下 春幸 氏

 鹿児島空港から馬刺用の馬が陸揚げされるとお聞きしたので、その業務を委託されている鹿児島空港給油施設(株)を訪問し、お話を伺いました。
 「馬の係留施設がある動物検疫所は全国で10カ所ほどあるが,そのうち空港に動物検疫所が隣接しているのは、現在鹿児島と成田の2カ所のみです。
 関空や成田には定期貨物ラインがありますが,鹿児島には定期ラインがないので、チャーターでしかもって来れません。また、動物検疫所の収容枠というものがあり,国内で役割分担ができています。馬については全国で4,000頭という枠があり,鹿児島が優先枠で1,600頭となっており,鹿児島で処理できない分を他の動物検疫所に回して処理しています。ペットブームで、個人で、何か動物を輸入しようと思っていらっしゃる方がおられるかもしれませんが,鹿児島空港の検疫回数は年間17回と決まっており,スケジュールも組まれているため,個人輸入の検疫はなかなかお受けできないのが現状です。ほかの検疫所で手続きいただくことになります。」
(貿易ニュース鹿児島2003.8月号掲載)

日本通運㈱鹿児島支店

会員者情報

企業名 日本通運株式会社鹿児島支店
所在地 鹿児島市南栄4丁目43番地
電話 099-269-6111
名前 鹿児島海運事業所 所長 池上 信二 氏

インタビュー(貿易ニュース鹿児島2003,10月号掲載)

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日本通運株式会社は国内に1,100カ所,海外の158都市に288の拠点を持つ。
 鹿児島県内には,鹿児島市内に統括支店と5つの事業所及びペリカン・アロー支店を置き,地方の各市町に14カ所の支店や営業所を配置している。
 市内店所の業務はある程度専業化しており,主な業務をあげると,海運事業所の担当する外航・内航関連の荷役,通関,飛鳥やカプリコーンなどの大型客船の船舶代理店,倉庫業務のほか,地域トラック,JRコンテナー,引越,美術品業務,銀行・郵便局関係・会社関係の現金輸送などの警備輸送業務,ロケット関連や風車等の重量品・精密機器運搬据付業務,離島航路関連業務,ペリカン・アロー,航空貨物,旅行業務をそれぞれが分担している。その他飼料・肥料工場の製造ラインにも鹿児島支店の持つ作業子会社を中心に携わっており,あらゆる物流に対応できる体制が整っている。最近の話題としては,川内港で来年3月に運行開始される九州新幹線車両の陸揚げや陸送を担当した。
 環境問題が深刻化する中,全社的に取り組んでいるのが,トラックからコンテナへ,トラックから船へのモーダルシフトである。そのための条件整備も進められており,地球に優しい輸送を選択してもらいたい。
 現在の鹿児島港で取り扱う外航の荷物は飼料が主であり,コンテナ船誘致も厳しい現状では港の活性化にはまだ時が必要だ。以前は飼料用大麦が県内に6万㌧の備蓄があり,更新が行われ,内陸倉庫も活気があった。それがミニマムアクセス米の数量増加により,飼料用大麦の備蓄制度が見直され,今では倉庫がレストランやショップに利用されているように,かなりの倉庫が業務変容している。我社の倉庫も駐車場になったり,空きのままとなっている。当社では今行われているミニマムアクセス米や輸出米の基地としての更なる取り扱い増加を図るため,倉庫の低温機能を充実させ,それにより誘致数量も増やせることを期待している。そのほか にも有効利用を働きかけていきたい。
 この11月から博多-上海間にPORO船の高速船が初めて就航する。近い将来鹿児島-中国間でも需要はでる。博多と役割分担し,この谷山港で実現できない物かと考えている。

㈱南日本銀行

会員者情報

企業名 南日本銀行
所在地 〒892-0816  鹿児島市山下町1-1
電話 099-227-4107
名前 国際部業務管理課長 大重 広志 氏

インタビュー(貿易ニュース鹿児島2006,7月号掲載)

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<南日本銀行のプロフィール>
設 立1913年(大正2年)
沿 革 1951年 株式会社旭相互銀行に商号変更
     1989年 普通銀行へ転換し、株式会社南日本銀行に
          商号変更
資本金 91億1百万円
店舗数 63カ所
従業員数 827人
グループ会社 南日本総合ビジネス(株)、南日本ファイナンス(株)、南日本バンクカード(株)など
(平成17年3月現在)
         
  ”なんぎん”の愛称で親しまれている南日本銀行は、鹿児島市に本店を置く第二地方銀行である。古い顧客には旭相互銀行という名前が懐かしい。当行の創立は大正2年に遡る。以来金融を通じて地域の発展に貢献してきた。

 歴史を感じさせる本店社屋(国の登録有形文化財指定)に国際部業務管理課 大重課長を訪ね、話をお伺いした。

 国内取引と違って、貿易では国境を越えてモノやカネの取引が行われるため、銀行等の役割が重要になる。グローバルな時代を反映して為替の取り扱い件数は年々増えているという。
 南日本銀行は、これまで県内企業の海外取引、貿易も積極的に支援してきた。以前は、海外で商談会を開催したり、中国に行員を派遣していた時期もあったが、現在は、本部国際部営業管理課が中心になって、各支店から寄せられる顧客の輸出・輸入に関するさまざまな貿易相談業務、コンサルティング業務を集約して行っている。
 ただ、輸出入業務の多い鹿児島市卸本町や福岡には営業店を開設し対応している。

 安全な取引決済のためにL/C(信用状)の発行は銀行の重要な業務である。法人やかなり前から貿易をしている人はL/Cで決済しているところが多いという。1998年の外為法の改正により、最近では決済方法も多様化しているが、初めての取引相手には安全なL/Cを薦めている。
 最近は、前払いによる送金ベースの信頼関係で取引するところも増えてきたという。どういった決済方法を採用するかは、相手との取引実績、信用力、商習慣等で多様になっている。
 
 特に、輸入の場合は、L/Cよりも送金ベースが多く、送金ベースでの取引は最近貿易業務をはじめた個人が多いようだという。最近ではいろんなところから貿易の相談を受けることも多く、いろんな人が貿易を始めているように感じるという。100万円単位でも現金取引を行っているケースなどもあるが、顧客もよく勉強していて、全体的にうまくいっているように見ている。

 特に、インターネットの普及が進み、インターネットを使って取引をしている人が増えてきたように思われるという。こういった人は現金ベースで取引をしていることが多く、取引の方法、決済も多極化が進んでいると感じている。

 南日本銀行でもこういった新しいニーズに応えて、インターネットで対応できるようなシステムを構築し、輸出入で一番面倒な書類手続きの部分を簡易化していこうとしている。これによって手続きが簡易化され、時間の短縮、コストの削減、手数料の値下げなどにつなげていきたいと考えている。

 本県の貿易は、輸出より輸入が圧倒的に多い状況だが、今後は輸出も増えていくだろうとみている。

輸入に関しては、世界各地からいろんな製品、部品が、県内にも輸入されているが、最近の輸入品はかなり品質も向上し、アジアの製品でもよく見ないと輸入品かどうかわからないほど技術が進歩しており、技術の移転現象が起きていることに不安を感じることもあるという。

 輸出先で、今注目すべきなのは、アジア特に中国だが、どこまで拡大していくかについてはいくらかの不安があるという。将来的にはインドが注目株だろうとみている。
品目では、最近、芋ブームを反映して好況な焼酎、農林水産物、仏壇などの特産品、中古車等の輸出等が増えている。最近では魚の稚魚も増えているという。

 鹿児島にはいい素材がたくさんあるので、取引先の支援を通じて、本県の特産品、製品が世界に輸出され、本県の貿易業、産業の発展に寄与したいと考えている。

鹿児島中央青果㈱

会員者情報

企業名 鹿児島中央青果株式会社
所在地 鹿児島市東開町11-1
電話 099-267-3311
名前 代表取締役社長 坂元 碩範 氏

インタビュー(貿易ニュース鹿児島2003,11月号掲載)

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 鹿児島中央青果株式会社は昭和10年10月に設立された。現在,鹿児島市中央卸売市場にある本社の他に鹿屋支店,沖縄営業所,食品加工工場を持つ。主に青果物や青果物加工品の受託並びに売買,青果物を主要原料とする食料品の製造販売,鳥卵,肉類,農産物及びその加工品の販売や貯蔵などを行っている。
 鹿児島中央卸売市場は全国で7番目,九州では最初に開設された市場で,一日平均で野菜が523㌧,金額にして7,424万円,果物が136㌧,3,412万円の取引があるという。鹿児島中央青果の業務の比重は野菜が66%,果実が32%を占めており,売り上げは全国の青果卸売会社協会に所属する100社中,35位である。市場は連休後は大変混雑する。生鮮食料品を扱っているため,中央卸売市場ではなるべく連休を作らないようにしており,日曜と祝祭日のほか4週6休制で隔週の水曜が定休日となっている。

 『市場には産地から多種多様の品目の野菜・果物を「集荷」する機能。集荷した物を短時間で「分化」する機能。評価して誰もが納得する価格を決める「価格形成」の機能。原則即日払いの「代金決済」機能。価格をFAXや電話などで生産者に情報と共に配信する「情報提供」機能の5つの機能がある。毎日の食卓に欠かせない新鮮な野菜果物を,需給のバランスによって適正な価格を決定し,安定した数量を供給することで生産者と消費者の橋渡しをするのが中央市場の使命だと考える。しかし,近年,大型スーパーや加工業者の需要が大きく,セリが形骸化してきている。以前は委託集荷セリ販売であったが,法律の改正などに伴い,近頃はスーパーなどの大型店による決まった数量の注文を受けてからの相対取引が増えてきた。小売店がどんどん減ってきており,スーパーの要望に応えざるを得なくなってきているのが現状だ。流通形態も変わってきている。
 市場はセリ値に手数料を上乗せしているのではなくて,市場は『農家の販売代理人』であるため,セリ値の7~8.5%を販売手数料として出荷者や生産者からいただいている。
基本的に市場には誰でも品物を持ち込める。中央卸売市場の14年次の野菜の取扱量は多い順にキャベツ,ダイコン,白菜,玉葱,人参となっている。全体の48%が県内産である。県外から入ってくる野菜には北海道のダイコンや佐賀県や北海道の玉葱がある。消費が一番多いのも玉葱で,輸入玉葱の量も今年は1.7倍に増えている。レタスも8割が長野(夏)や長崎(冬)から入る。
 
 海外からの野菜の入荷は,関東や関西の輸入商社を通して入ってくる中国産ブロッコリーや生椎茸,白ネギ,アメリカ産玉葱やカボチャ,ブロッコリー,人参,ごぼう,生姜などがある。
 14年次の果物の取扱は多い順に,みかん,リンゴ,バナナ,スイカ,柿となっている。イチゴ,ぶどう,なし,柿など福岡から入るものが多い。他には青森,長野からのリンゴもたくさん入荷される。県内産の果物は全体の32%を占め,出水のハウスみかん,川辺のアンデスメロン,イチゴ,鹿児島ブランドの曽於メロンや出水の紅甘夏などがある。
 輸入果物については1位がフィリピン産バナナ,2位が台湾産バナナ,3位がアメリカ,チリ,南アフリカ,アルゼンチンからのレモン,4位がフィリピンやハワイからのパイナップル,5位がアメリカ,チリからのオレンジ,6位キウイ,7位グレープフルーツとなっている。以前はレモン・オレンジ・グレープフルーツはシトラス3品といって,とても人気のある商品だったが,最近は落ち込んできている。

 青果物の商圏は県内だが,野菜は取扱の60%が県外へ運ばれている。果物はほとんど当地の消費である。
 今年は雨が多く,夏が暑かったため農作物にも影響が出ている。
 ところで、近年,食生活の変化に伴い,食の安全・安心がうたわれるようになってきた。鹿児島県でも、食文化や地域産物を見直そうというプロジェクト「鹿児島の“食”交流推進機構」を一昨年立ち上げた。当社もそのメンバーになっている。「かごしまの食交流シンポジウム」にはパネリストとしても参加した。これからも、鹿児島の温泉、自然、地質などその特性を活かした産物を作っていかなければならない。鹿児島野菜を全国に発信するには,産学官共同研究会を設置して、西洋野菜のトレビスや冬瓜,かぼちゃ,スイートコーン,さつまいもなど農家への徹底した生産指導で,農作物のレベルアップを図っていきたいと思っている。鹿児島でしか出来ないような優れた生産物を,よそで立派に勝負できるような産品をこれからも取扱っていきたいと思う。』

(有)マナベ帽子

会員者情報

企業名 有限会社マナベ帽子
所在地 鹿児島市玉里団地三丁目24-3
電話 099-220-9875
名前 代表取締役 真鍋 和観  氏

インタビュー(貿易ニュース鹿児島2005,2月号掲載)

代表取締役 真鍋 和観  氏

現在、県内唯一の帽子専門卸売業である有限会社マナベ帽子の創業は昭和51年、真鍋社長が36歳の時で、昭和60年に有限会社となり、今年で創業28年目となる。帽子全般・服飾雑貨を扱い、帽子の卸先は、大型量販店、衣料品店、学校(購買部)など県下一円に及んでいる。真鍋社長と奥様で専務の真鍋英子氏にお話を伺った。

 創業前の真鍋社長は、鹿児島市内でも有数の帽子専門店に勤務、卸部に所属してメーカーからの商品調達や県内各地の衣料品店等への商品供給などを担当していたが、会社の社長が亡くなり、取り引きしていたメーカーの薦めもあったことから、独立を決意した。独立したのはよかったが、当時自宅を購入したばかり、二人の子供は幼く、不安も大きかった。今でこそ3棟の倉庫があるが、当時は、自宅が倉庫も兼ねていたという。

 独立した真鍋社長にとって、取引先の確保は最も重要な課題であった。前の会社時代のつながりで取り引きしてくれる店もあったが、新しい取引先の開拓のために県内各地を走り回った。その結果、ニシムタなどの大型店、学校関係の体操帽子を扱う文具店や、平川動物公園の売店など、次々と新しい取引先を開拓することができた。当時は、ホームセンターなどができ始めた頃で、販路の開拓先が時代にマッチしていたのかもしれないと、真鍋社長は語る。

 帽子業界を取り巻く環境は、大きく変化してきた。真鍋社長が独立した昭和50年代はじめ頃から、学校では中学、高校の制帽が廃止された。また、帽子の小売り部門も専門店や衣料品店、百貨店などが中心であったが、これらに代わって駐車場を備えた郊外型の大型量販店の時代となり、従来型の小売店は徐々に淘汰されていった。県内には当時、老舗の帽子卸売業者が3社ほどあったが、小売店の減少に伴い全て廃業していった。マナベ帽子の場合、帽子・衣料品なども扱う大型量販店が増加し始めた時期に創業し、既存の同業者に先駆けてこれらの量販店に積極的にセールスし、取引先を開拓してきたことが逆に幸いしたという。

 ところで、帽子には、大きく分けてファッション用と実用の2つある。これがさらに婦人・紳士・子供用、色、素材、用途、季節などで細かく分類され、マナベ帽子で扱っている商品は200種類ほどにもなるという。売れ筋の商品の見本を買ってきて、鹿児島向きに改良を加えて生産の注文を行っているが、真鍋社長は1週間ぐらい自分で実際にかぶってみて、使い心地を試してから生産させている。女性物の帽子もかぶってみるそうだ。市場調査やデザインの研究を常に行い、他社のデザインのいいところは学んで、同社オリジナルの商品を作り出している。

 帽子の産地は国内から海外に大きくシフトしてきた。マナベ帽子が取り扱う商品の約9割は中国、韓国、東南アジアなどの海外製品で、残りが国内製品である。布製帽子は大阪、麦わら帽子は岡山という国内の主産地があったが、コストの安いこれらの国々の生産が増大した結果、国内での生産が激減し、かつてのメーカーの中には、中国に生産拠点を移したり、輸入業者に転換したケースも多い。同社が取り扱う海外製品には、海外から直接仕入れるものと大阪や岡山の業者を通して間接的に仕入れるものがあるが、今後は直接仕入を増やし、さらにコスト削減を図りたいと考えている。

 マナベ帽子では、10年ほど前から中国製品を仕入れており、3月には夏用の麦わら帽子など1コンテナ分が志布志港に到着する予定である。これは、昨年の夏に中国のメーカーに発注したものであるが、鹿児島の市場規模を考えた場合、小ロットで多種類の商品を、必要な時期に仕入れることができればより効率的であることから、地元商社と提携したコンテナの混載の可能性を検討中である。また、韓国へは、主に専務が年に8回ほど出向き、必要な量だけを購入してくる。価格や材料、デザインなどが違うため、韓国と中国では商品のすみ分けをしているという。         

 品質、コストなどの面で、取引先である量販店等の要求は厳しく、県外業者との競争を勝ち抜いていくためには、安くてデザインの良い商品を提供する必要がある。今後ますます中国や韓国など海外との行き来が増えそうだ。帽子業界の先行きがどうなるか見通すのは難しいが、県内唯一の帽子専門卸業として取引先に迷惑をかけないように、また、社員の生活を守るためにも、堅実な経営を続けていきたい、と真鍋社長は語った。

 真鍋ご夫妻には、昨年、当協会が主催したタイ・マレーシアでの貿易商談会に参加していただいた。真鍋社長の趣味は釣りで、ボートも所有しておられる。昨年11月には、クアラルンプールでお世話になった県人会長一行が来鹿された際、錦江湾クルージングに船を提供していただいた。一方、専務の英子氏は写真が趣味で、これまで何度もコンテストで入賞し、商品見本の写真もご自身で撮影されることもあるという。お二人の趣味は異なるが、仕事については、創業以来2人3脚で続けてこられた。ご夫妻をよく知る方から「絶妙のコンビ」と伺ったが、商談会や今回の取材を通じて十分納得させらた。 マナベ帽子のますますの発展を祈念いたします。

 (貿易ニュース鹿児島2005.2月号掲載)

小鹿酒造(株)

会員者情報

企業名 小鹿酒造協業組合
所在地 肝属郡吾平町上名7312
電話 0994-58-7171
名前 代表理事 田中 高逸 氏

インタビュー(貿易ニュース鹿児島2003,3月号掲載)

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当協会に新規加入いただいた「小鹿酒造協業組合」を訪問した。
 同組合は,昭和46年鹿屋市、東串良町、吾平町、佐多町の4社が協業しスタートした。
 昭和53年には鹿屋市の2社がこれに加わった。
 同社は、芋焼酎の主原料サツマイモの最大の産地大隅半島の中央に位置し、いい焼酎造りには絶対欠かせないミネラル分豊富な良質の水を、千メートル級の山々からなる国見山系が惜しみなく与えてくれる。まさに焼酎造りのためにあるような絶好のロケーションである。
 芋焼酎は、イモの銘柄が“大隅産コガネセンガン”でないといけないらしいが、さらに高品質で新鮮なものが常に入手できるようにするために、わざわざ(有)小鹿農業生産組合まで設立したという。たいしたこだわりである。このような努力が実ったのか、創立30周年の平成13年には、ついに年商18億を達成し3万5千石の生産高を誇るまでとなった。
 現在の焼酎ブームの中で,大隅半島の焼酎は幻のイメージがあり首都圏ではかなり人気があるが,最近東京の人から、地元の鹿児島で一番売れている銘柄は何かと良く聞かれるそうである。巷に焼酎愛好家が増えて、本当に美味しい焼酎を知りたいという事だろう。これからは地元で愛される焼酎が一番人気ということになるのだろうか。
 同社の手がける焼酎は,南九州に住む人々の生活に深く根づいた“地の酒”であり,日々の暮らしにうるおいと活力を与えるとともに,食文化の一端を担っている。先人から受け継いだこの焼酎づくりの技と心を次代に残すことが,大きな責務であると代表理事の田中氏はおっしゃる。
昨今の焼酎ブームで,県外出荷量が対前年比110%と伸びているが、大手酒造メーカーも焼酎販売に乗り出し、国内焼酎メーカーに製造委託したり、外国産焼酎を輸入するという情報もある。
 将来的には、同社としても海外生産や輸入を視野に入れ検討していく必要があろうかと思うが、貿易に関しては,今後とも社員を含め,勉強をしていきたいと考えている。
 最後に会員の皆様に
     お勧め銘柄を一つ  鹿児島焼酎小鹿「5年貯蔵原酒げんもん」
     エピソードも一つ 南極越冬隊御用達の焼酎は 小鹿 だそうです。

弓場貿易㈱

会員者情報

企業名 弓場貿易株式会社
所在地 鹿児島市卸本町8-20
電話 099-268-9711
名前 代表取締役 弓場 秋信 氏

インタビュー(貿易ニュース鹿児島2006,5月号掲載)

代表取締役 弓場 秋信 氏

県貿易業界の第一人者で、本誌の”弓場社長のワンポイント アドバイス”や地元紙にもよく寄稿されている弓場社長を訪ねた。
このコーナーで紹介するのも今更という感がしないでもない。本人も照れながら海外貿易を始めたいきさつなどを懐かしそうに語ってくれた。

 若い頃から海を見ては、海外への憧れを募らせていた青年は、昭和42年19歳の時、台湾を一人旅する。初めての海外体験である。この時、現地でいろいろな人に親切にしてもらった感激が海外との交流に拍車をかける。

 24歳の時に溶接関係で青年海外協力隊員としてマレーシアに赴任する。厳しい活動の合間も、時間を見つけては東南アジア諸国を旅した。
 任期を終えるとすぐに帰国しなければならなかったが、公用旅券の変更手続をしてヨーロッパに向かう。ローマ行きの航空券を買ったところモスクワ経由だったため、熱帯のマレーシアから半袖しか持たない状態で、極寒のモスクワに3日ほど滞在する羽目になったとか。本人もこの頃はまだ旅慣れていないようである。それでも警備の厳重さや町並みの美しさなどが印象に残り、見聞を広めることができたとか。
 それから本来の目的地であるローマを始めヨーロッパを1ヶ月ほど回り、さらにイギリスで4ヶ月間英語の勉強をして帰国した。

 帰国後は、貿易や英語とは全く関係のない大阪の袋物の製造工場で6年間働き、鹿児島に帰ってくる。
 鹿児島に帰ってきて何をしようかと迷っていたとき、やはり好きな海外関係の仕事をしようと貿易を始める。幸いに大阪時代に蓄えた資金もあった。
始めると言ってもノウハウがあるわけでもなく、アドバイザーがいるわけでもない。 本屋に行って「貿易実務」という本を買い、アパートの1室で、独学で本をひもときながら、妻との2人3脚のスタートである。

 当時はメールやファックスのような便利な物もなく、また人脈、ネットワークもないため、ダイレクトリーやジェトロや県の引き合い速報を見ながら、ただひたすら手紙を書き続けた。100通出しても返事が1通来るかこないかといった状態だった。やっと返事が来たその1通も「手紙を見たが興味はない。」という断りの内容だったとか。それでも、その時は返事がきたことだけでも嬉しかったという。

 貿易を始めて1年目は、韓国へのしょうがの輸出の1件しかなかったが、ダメもとで3年ぐらいは夢を見ようと思っていたため、特にあせりはなかったという。2年目にな

って軽石やエビの配合飼料、孟宗竹の花器などを輸出するようになり、3年目にして取扱い品数も増え、なんとか食べていけるようになった。

以降、銀行や、ジェトロ、県などの協力も得ながら、業務は順調に拡大していったが、もちろん、多くの失敗もある。
インドネシアから年間4億くらい輸入していたかつお節の原料が内乱で一瞬にして消えたこともある。1985年のプラザ合意では、扱っていた商品の8割がダメになり、かなりの痛手を受けた。このとき為替は動く物だと言うことをしみじみ感じ、輸入にも力を入れるようになる。
弓場貿易では現在金額レベルでは輸入が多い。貿易は為替、相手国の政治状況、治安などに左右され、リスクが多い商売だと言うことは身をもって感じている。そのため最近では国内業務にも目を向け、国内の卸業をはじめることでリスク管理を行っている。

手前みそになるが、弓場社長は貿易業で成功した理由の一つに、県などが主催する貿易商談会への参加を揚げてくれる。商談会に参加するメリットは、紹介される企業がある程度信頼ができること、参加者の間で異業種交流ができるなどで、効率的に、安心して取引ができ、人脈も広がっていくという。昭和57年の第1回目の県の主催する商談会に参加して以来、入院していて行けなかった時を除いて全て参加している。

 ボーダレス化が進む中で、国内だけでは生きられない地域経済社会になってきた。今後、海外との交流、貿易はますます盛んになっていくだろう。
これから貿易を始める人へのアドバイスをお願いした。
 「貿易をはじめようとする人は、広い視点が欲しい。国が違えば価値観や考え方も違う。最終的には人対人なのであり、異文化理解ができることが大事である。取引を始めるときに相手の国だけを見て判断するのは危険で、信頼できるビジネスパートナーを見つけることも大事である。いろんな意味で目利きが大切である。」

中国との関係については、
 「今は中国抜きで貿易は考えられなくなっているが、「China+One」という考え方で中国を補完できる国を探し、取引を始める事も大切だ。しばらくは貿易相手国として最大のパートナーだと思うが、中国が何を欲しがっているのか、何を考えているのか、見極めなければならない。また、中国と取引する場合は、集金機能をしっかりしておかなければならない。マーケットの大きさに惑わされがちだが、現実をしっかり見て対応することが大切だ。小さくてもオンリーワンを狙うこと。幸いに、鹿児島には日本一がたくさんある。」

 弓場貿易では現在、通関士、外大卒、青年海外協力隊OBといったさまざまな経歴を持つ11名が働いている。弓場社長は社員の持っている能力を最大限に伸ばせるような会社でありたいと願っている。今でも青年海外協力隊員の面倒を見、途上国の発展を願い、全ての国の人が豊かになることを祈っている弓場社長にとって、貿易業はまさに天職なのだろう。
<「弓場社長のワンポイント アドバイス」は、当協会のホームページに掲載されています>

(貿易ニュース鹿児島2006.5月号掲載)

小正醸造㈱

会員者情報

企業名 小正醸造株式会社 
所在地 鹿児島市卸本町7-5
電話 099-260-2970
名前 しあわせ創造部 部長 古河 潔 氏

インタビュー(貿易ニュース鹿児島2004,3月号掲載)

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今回は、第10回香港国際食品・飲料展(HOFEX2004)に鹿児島から出展頂いた小正醸造株式会社にお邪魔し、しあわせ創造部長の古河潔氏にお話をお伺いした。
 香港では、会場に貼りだしてあるポスターを見てお客に「これはおまえか」とよく聞かれていたようである。いも焼酎「小鶴くろ」のイメージキャラクターをお願いしているマラソンの小出監督の笑顔がアップで写っているあのポスターである。
 ところで、古河氏の肩書きは、「しあわせ創造部長」である。小正醸造では、焼酎の売上げ額のことを「売上金額」と言わず、「しあわせ金額」と言っている。売上げは、焼酎が美味しいと思ってもらえるから伸びるわけで、美味しいものを口にすると幸せな気持ちになれる。また売上げが伸びると生産者も潤う。生産者も幸せになる。生産者も、製造業者も、消費者も皆幸せになると言うことから、こういうネーミングとしたという。商談をするときなどは、この話だけで場が持ち、ビジネスにつながることも多いとのこと。
 さて、小正醸造の歴史は古く、日置にある島津家の祭神八幡神社のお神酒造りから始まっている。それ以後121年の長い歳月を焼酎一筋にやってきた。
 焼酎の原料、さつまいもはコガネセンガンを使っている。特に、日吉町吉利の生産農家が丹念に育て朝掘りされたコガネセンガンを使用した「朝掘り仕込み」さつま小鶴・小鶴くろという焼酎はお勧めである。商品に使う芋は、朝の4時頃から収穫する。芋は機械掘りのため掘りキズがつきやすく、キズのついたところから腐食しやすい。収穫して1日おいておくとそれだけ腐食が進む。「朝掘り仕込み」は取れたての芋をすぐに工場に運んで加工する。腐食の少ない状態の芋で作る焼酎なので味がいい。食用の場合は収穫後少し置いた方が芋の味がよくなるが、焼酎の原料として使う場合は新鮮な物の方がよりおいしい物ができるのだそうだ。
 「ウインドウズ」という商品がある。現代美人画の第一人者鶴田一郎氏の華麗な美人画で有名な焼酎である。国内外で評判になった超人気商品である。しかしそのネーミングははともかく、ボトル側面に窓を設けそこから美人画絵が見えるようにしていた方法は、フランスの会社が意匠登録をしていたことがわかった。国際展開を謀る上ではこのまま放置できない。結局、ボトルから窓をなくし、ボトルのガラス越しに直接美人画が見えるように変更したそうである。「ウィンドウズ」はこれで生き残れた。相変わらず人気商品である。
 小正醸造の海外展開は、シンガポールのほか,香港、台湾、中国、タイ、イギリス、など7カ国と取り引きがある。売り上げは年々伸びている。可能性のあるところには、今後とも積極的に販路拡大に取り組んでいきたい。今のところ海外取引は麦焼酎が主で,日本食レストランなどに置かれている。しかし、海外展開では業者間の価格競争に巻き込まれないようにする事が大事だ。値段を落としてまでシェアを増やしても利益がでなければ何もならない。
 日本では大変な焼酎がブームだが、蔵としては年間に生産できる本数は決まっている。継続的な顧客サービスの為には、その範囲内で毎月の出荷数を調整せざるを得ない。焼酎業界は10月からが新年度となるため、普通7月末ごろから次年度の出荷計画を立てるが,今年度は10月以降,焼酎が売れすぎている状態で,残りの月は商品を切らさないようにうまく調整しなければならなかった。
 小正醸造では消費者までの焼酎の出荷・販売管理体制を営業所等を通じしっかり確立しているが、業界内では、注文がありとりあえず出荷はしたものの、,どのくらい小売店で売れているのか把握できていない業者もあるようだ。問屋から小売り店に卸した焼酎を消費者が購入してはじめて流通が完了するわけで、流通の状況を見て次の生産計画を立てるなど的確に状況を把握しなければ危険だ。ブームにあおられて、無計画な出荷をすると、問屋でデッドストックになるおそれがある。今はよくても、来年は酒屋に焼酎が売れ残ってどうしようもない状態になっているという事だって考えられる。ブームに左右されるなと業界全体に言いたい。
 また、今の焼酎ブームは、小規模の焼酎業者の商品に仕掛け人がいて、希少価値やプレミアムをつけて、売れやすい状況を作り出している。少数生産の焼酎には付加価値が付き、都会などでは大変人気で高額で取り引きされている。反面大手の有名銘柄は苦戦してきている。
 焼酎は嗜好品ゆえに、関東あたりの消費者の感覚が鹿児島の人と違うということもさらに売れ行きを難しくしている。

(生産者の顔が見える焼酎「天地水楽」)  

 さて、小正醸造が行っている特別限定頒布会「薩摩の地焼酎」には、県内を中心に9,000人の会員がいる。頒布の期間は10月から12月までの全3回で、毎月3,500円(税別)の会費で、この頒布会でなければ味わうことの出来ない季節限定一番仕込み新酒、かめ壺・樫樽貯蔵のこだわり焼酎や、芋製古酒のほか、おめでたい開運干支ボトルなども選べる頒布会です。次回は是非ご参加下さい。

坂元醸造(株)

会員者情報

企業名 坂元醸造株式会社
所在地 鹿児島市上之園町21-15
電話 099-258-1777
名前 会長 坂元 昭夫 氏

インタビュー(貿易ニュース鹿児島2003,7月号掲載)

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坂元醸造株式会社の創業は古く約200年前の1805年(文化2年)のことである。先代までは、姶良郡福山町浦町で天然米酢の製造を続けている。現在の法人組織になったのは、昭和52年のことである。坂元の「くろず」は糖尿病、高血圧、動脈硬化、肥満解消など多くの生活習慣病に効果があるといわれる。今回は、その辺の秘密を明らかにしたいと思う。

[ 本社訪問 ]
 会長の坂元昭夫氏は、九州大学医学部に入学するも、医師の道を志さずに薬学の道に進んでいる。卒後大手製薬会社に働くが、家業を継ぐために帰郷。医学部時代培った研究心旺盛な科学者の目と古来健康に良いと言われてきた伝統の天然つぼ酢「くろず」がここでめでたく再会を果たした。
 「くろず」の効能を解析するために、同級生だった九州大学の薬品分析学の大倉教授に分析を依頼したところ、通常の10~20倍という豊富なアミノ酸、ポリペプタイド、有機酸等が含まれていることが分かり、驚いたという。黒酢の研究に弾みがついた。九州大学医学部をはじめ、各地の大学や研究機関から研究申し出が相次いだという。その結果、坂元醸造が提供した天然壺作り黒酢には多くの医学的な効果が確認された。
① コレステロールや、中性脂肪などの脂質代謝機能の改善機能、 ② 赤血球変形機能を改善し、血液をさらさらにする機能、 ③ 血糖値を低下させる機能、 などの効果が医学的に判明し、④ 血圧を下げる機能、 ⑤ 肥満を防ぐ機能、 ⑥ 抗アレルギー作用 等の医学的原因解明にも取り組んでいるという。
ところで、最近中国や沖縄産の酢が注目を浴びているが、中国の黒酢は餅米を使い,砂糖を加えている。酸っぱくなく少し苦い。大連などでは、昔日本でも使っていた白酢というアルコール酢が主に使われている。この酢は、中国ではSARSの消毒にも使われたようだ。沖縄の酢は、黒砂糖と泡盛のもろみから作られるが、酸度が低く厳密には酢とはいえないという。
 海外取引は、過去には韓国やロサンジェルスとしたことがある。ニューヨークでは20年ほど前に契約寸前までいったが、リスクが大きかったので断念した。
 ハワイとは、20~30年間取引が続いている。坂元の「くろず」のおかげで命拾いした地元の人が健康食品会社を設立して、同社の黒酢を扱うようになり、それ以来代理店をお願いしている。会長自身も、ハワイのTVに出演し、黒酢についてPRしたこともある。
 台湾には同級生がおり、そこは今も商品を扱ってもらっている。
 現在、シンガポールから引き合いが来ている。面白いことに、こっちは知らないのに、韓国やドバイで販売されていたという話を聞いた。
 今後は、どこの大手製薬会社も、次は中国で勝負することを考えている。当社もアメリカの次は中国だと考えている。しかし、現状では製品の生産量がおいつかないのではないかという心配もある。

[ 福山工場訪問 ]
 坂元醸造福山工場を訪れ、工場長の蔵元忠明氏に、くろずの壺がずらりと並ぶ「壺畑」にご案内いただき、製造の秘訣をお聞きした。
 「くろず」は原料の米を太陽の熱で発酵させ、1年かけて液体に変えていく。
 江戸時代からの製法をそのまま受け継いで,1年間じっくりねかせたものを製品として出荷している。長いものは3年以上もねかせている。原料となる米は、主に姶良近郊で採れるものを使用している。
 発酵の過程は,最初の2~3ヶ月がとても大切で大変手がかかる。仕込みは、まず直径40㎝,高さ63㎝の3斗壺(54㍑)の壺の底に米麹を入れ、次に蒸した米10㎏、そして地下水を入れ、さらに水面を雑菌混入の蓋の役目をする振り麹で薄く覆う。1週間後には糖の発酵が始まり、2~3週間後に酒の発酵がピークを迎え、その後酢の発酵に入る。早いものなら3ヶ月くらいで発酵し、その後じっくり熟成する。
 薩摩焼きの細かいひびが「くろず」には一番適しているため、当初は壺は薩摩焼きだけを使っていたが、一時期壺を焼く窯元がなく、同じ形のものを台湾や韓国などでも作ってもらったこともある。使用し続けてきている壺には、壺自体に菌が住んでいる為、新たに菌酵母菌、酢酸菌を使用しなくても立派な「くろず」ができる。
  毎年春と秋に1日に300本程度仕込む。この時期に漂う「くろず」の甘い香りが福山町の季節感である。現在壺は3万7千本ある。
 壺畑と呼ぶように、農業と一緒で,畑(壺を置く土地)は気を付けて管理している。  福山町は、湧水や地下水など水が豊富で,気候が温暖なので菌が繁殖しやすく「くろず」の発酵に適しており、また山に囲まれているため、台風の風の影響をあまり受けずにすむ。意外に思われるかもしれないが、壺の上にただ乗せてあるだけの蓋が風で飛ぶこともない。怖いのは地震の方であるとか。(今までは無いが。)
 ここ福山の『くろず情報館・阿萬屋』では天然つぼ酢「くろず」の独特な造り方の歴史や効果、特徴はもちろん、酢についての情報を見聞できるスペースである。壺畑の見学もできる。また、飲料に適した「りんご黒酢」、卵をくろずで煮込んだ「すっ玉」、くろずキャンディー、くろず飴、くろず昆布などのくろず商品を展示即売もしている。
 後学のために、お近くにおいでの際は是非お立ち寄りください。

坂元醸造株式会社
  くろず情報館 阿萬屋
  姶良郡福山町福山3072-1
  TEL:0995-54-7200
  URL:http://www.aman-ya.co.jp/

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