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インタビュー

㈱JTB九州 鹿児島支店

会員者情報

企業名 株式会社JTB九州 鹿児島支店
所在地 鹿児島市西千石町11-25 フコク生命ビル5階
電話 099-226-1515
名前 営業担当課長 吉田 茂 氏

インタビュー(貿易ニュース鹿児島2006,6月号掲載)

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旅行の多様化、個人旅行の増大、インターネットの普及などにより旅行業を取り巻く環境も大きく変化してきている。日本の旅行業をリードしてきたJTBは、旅行業を核としながらも、「文化交流産業」への領域拡大を進めている。

文化交流事業は2つの柱からなっている。地域の新たな魅力を掘り起こし、地域とともに育て、発信する「地域活性化事業」と、企業経営の課題をあらゆる面から解決し、共栄のパートナーシップを築く「ソリューション事業」である。

地域活性化事業では、「新たな九州の魅力・物語の発見」をテーマに、地域に眠っている素材、資源を掘り起こし、地域と一体となって育て、商品化する事業である。
 既に唐津や国東半島では行政や地域の人々と一体となった取り組みがスタートしている。また、「九州はひとつ」のスローガンのもと、九州各県一丸となった観光振興策への取り組みが課題となっているが、実現に向けては長年のノウハウに基づく旅行業者の提言・意見は欠かせない。「九州観光推進機構」の一員であるJTBへの期待も大きくなっている。

近年人々の健康への関心が高くなってきていることから、JTB九州では、九州の豊かな自然、温泉、農水産物を活かした「健康にいい旅・ヘルスツーリズム事業」を提案している。スローフード、スローライフの見直しや体にいい食事を提供する医食同源ツアー、温泉浴、森林浴などである。

 一方、「ソリューション事業」では、今までに旅行業で培ったノウハウと独自開発したITシステムを最大限に駆使した総合経営コンサルティングにより、企業が抱える事務処理から販促活動、人材育成などのさまざまな課題を、解決して新たな価値を創出し、企業等に貢献したいとしている。

 たとえば、企業の出張経費削減と業務の大幅な効率化を実現する「総合出張管理システム(J’sナビ)」や企業の福利厚生業務を機能的に代行し、経費・事務作業を軽減する「福利厚生代行サービス(ベネフィット)」、JTBの媒体・店舗を活用した広報・プロモーション事業(JTBスタンバイクラブ)」、そしてブロードバンド分野では、旅行会社初となる高速大容量(ブロードバンド)の動画配信サービス「お届け君」など。

「お届け君」を利用すると、顧客の個人情報を取得しなくても各種のコンテンツをインターネットで配信でき、企業の大きな経営リスクである個人情報漏洩への対策として有効であるうえ、従来の企業メールマガジンが開封率数パーセントなのに対し、随時更新通知をするため、開封率が7割近くになるという試算結果がでており、配信コストもダイレクトメールよりも大幅にダウンすることができる。JTB九州ではこのブロードバンド配信システムによる効果的な広告・プロモーションを提案している。
 
本業の旅行事業は、国内パッケージ旅行の「エース」、海外旅行商品の「ルック」を進化させるとともに、多様化する個人旅行にもきめ細かい対応を図っている。

 北米、欧州、アジアなど世界73カ所に支店・営業所・連絡事務所を設置し、日本の旅行会社としては最大のネットワークを築いているJTBは、企業・各種団体の職場旅行やインセンティブ旅行、官公庁の国際交流事業、観光ミッション、訪問団派遣でも実績があるが、今後も企業や団体の海外でのビジネス・情報活動等に貢献したいという。

 これまで日本の海外旅行は、日本から海外にでいく出国者数は多いが、日本への入国者数は少ないという課題を抱えていることから海外からの観光客を増やそうと、国が中心になって「ビジット・ジャパン・キャンペーン」が展開されているが、JTBもこれに呼応して、中国、韓国などの東アジアからの集客に取り組んでいる。特に、中国には現在北京、上海、広州に、そして台湾にも支社があり、今後も増やしていく方向だ。

 JTBでは文化交流事業やクリーンアップキャンペーンのような社会貢献も多角的に行っている。旅の素晴らしさを語る「旅行文化講演会」の開催や、観光地クリーンアップキャンペーン、緑化・稚魚放流などのエコ活動への取り組み、世界の子どもたちのためにユニセフ活動への参画などである。今後は国際交流に力を入れていきたいという。

 JTB鹿児島支店としては、鹿児島の観光の魅力をどんどん外に配信して受け入れを広げていきたいとしている。また法人や団体の海外での活動を、旅行面からバックアップして地域に貢献したいとしている。

(有)アイエス通訳システムズ

会員者情報

企業名 有限会社アイエス通訳システムズ
所在地 鹿児島市大黒町4-1西日本シロアリいづろビル2F
電話 099-227-5173
名前 代表取締役 山崎 美智子 氏

インタビュー(貿易ニュース鹿児島2003,2月号掲載)

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アイエス通訳システムズでは、通訳および翻訳の業務をおこなっております。1990年の設立当初は圧倒的に英語の需要が高かったのですが、最近では英語に加えて、中国語と韓国語の需要が伸びてきており、その他にもドイツ語、フランス語、スペイン語、イタリア語等でのサービスも提供させて頂いております。また、その他の言語としてマレー語、インドネシア語、ベトナム語、スロバキア語も扱うようになりました。
 翻訳や通訳業務は地方ではなかなか需要が少ないのが現状ですが、きめ細かい打合せ等ができる地元のメリットを活かすべく、仕事に邁進致しております。特に貿易協会の会員様には特別料金でのサービス提供をさせていただいています。主に鹿児島での業務が多いのですが、九州を圏内とし、四国、本州でも業務を行ったりしています。また、お客様により良いサービスの提供をするために、通訳者のレベルを確認するための試験を今年より実施することにいたしました。より安心して通訳者を選んでいただくための参考にしていただくためのものです。今年は6月中旬に実施予定です。
 併設しておりますアイエスアカデミーにおいては、通訳者、通訳ガイドの養成および一般の外国語会話の授業を行っております。クラスの種類は英語がもっとも多いのですが、フランス語、中国語の授業も行っております。企業向けの出張レッスンではニーズに合わせたクラスができるので、喜ばれております。こちらも英語が多いのですが、韓国語、中国語でのレッスンも提供しており、このところ中国語の依頼が急激に伸びてきています。
 昨年の中国語関係の通訳業務としては、四月に李鵬氏が来鹿された際や、秋に東方航空が上海・鹿児島路線を開設したときの業務などがありますが、このような流れのもとに中国語への需要の伸びの傾向はますます顕著になってきております。上海に進出している企業からの「中国語短期養成講座」の依頼も増えてきております。ある企業では1日4時間、10日間の合計40時間での短期養成講座を2週間で行ったりしています。日本人と中国人の講師を組み合わせた形で、中国人の国民性を学びながら弊社独自の方式にて授業を展開しています。旅行のための簡単な講座も用意していますので、中国に行かれる前に一度受講されてみませんか?
 旅行、通訳、翻訳など、お気軽にお問い合わせください。

-アイエス通訳システムズの各種中国語講座-

◇中国語初級 → 初めて中国語を学ばれる方、基礎と発音をもう1度固めたい方へ。
          旅の中国語の指導もあります。
◇中国語中級 → 中国語をさらにみがきをかけたい方のクラス。
          中国語検定3-4級程度
◇プライベートレッスン → 効率よく学びたい方のために最適なコース。
                お一人お一人のニーズに合わせた、カリキュラムをお作り致します。
◇企業向けレッスン → 中国へ派遣される社員の方々のためのクラス。
             今最も需要の大きいクラスです。
(貿易ニュース鹿児島2003.2月号掲載)

ロイヤルブランド貿易㈱

会員者情報

企業名 ロイヤルブランド貿易
所在地 鹿児島市明和2丁目35-13
電話 099-282-7878
名前 代表取締役 有馬 戦男 氏

インタビュー(貿易ニュース鹿児島2003,11月号掲載)

代表取締役 有馬 戦男 氏

10月20日からのタイ・ベトナム経済ミッションにご参加いただくロイヤルブランド貿易を訪問し、代表取締役の有馬戦男(いくお)社長にお話をお伺いした。
 取材班は「ロイヤルブランド貿易」という会社にお伺いしたつもりでいたが、実際は「ナショナルホーム開発株式会社」の中にロイヤルブランド貿易事業部があるとのことでした。
 もちろん有馬社長は「ナショナルホーム開発株式会社」の代表取締役社長を務めておられるということで、関連会社としては「太陽熱温水器株式会社」「日本ソーラー設備株式会社」がありました。
 『本社はすべて鹿児島においているが、事業本部は福岡に置いてある。将来的には、全国展開をしたいと思っている。九州では、福岡、熊本、長崎、宮崎に営業所をかまえ、太陽熱温水器、住宅用・業務用太陽光発電システム(ソーラー)、灯油ボイラー等の販売施行を行っている。
 各地の官公庁職員共済会・厚生会や学校生協の指定店にも指名され、これまで大きな信用を培ってきた。これまでに築き上げた顧客リストは2万件にも上る。この顧客を相手に新たな事業が何か出来ないかと考え,貿易部門を立ち上げることとした。新たに資金を投入せずに,現在の延長線上に貿易部門を構築し、事業を展開していくという考え方だ。
 ロイヤルブランド貿易で取り扱う商品は、インターネットでの販売をも考えており,現在ホームページは工事中である。世間では、インターネット販売に乗り出したもののうまくいかず、撤退したという話をごまんと聞いている。そのためインターネット関係の研修もいろいろ受けて、研究してきたが、要はインターネットでは、検索した場合の順位が上位に来ないと見て貰えないので、商品や会社の知名度が大変重要であるということと,インターネット販売で失敗した会社は,ホームページを総務部門などの職員だけで作らせたため、営業のイロハが活かせず、消費者のニーズも掴めず、宣伝も中途半端になり、結果的にアクセスはあるものの、営業には結びつかなかったのではないかということに気が付いた。
 そこで、まずは当社を信頼いただいている2万件の優良顧客の方々に対して、案内を差し上げインターネット取引を目指したいと考えている。もちろん、ホームページは現在営業を行っている職員に作らせている。
 商品は、世界中からその国の文化芸術の薫りのする本物を集め、提供していきたいと考えている。特に古い歴史と文化に支えられたヨーロッパの家具や、調度品、装飾品、美術品等々は、お客様の満足度も高いのではないかと思っている。
 鹿児島県貿易協会のミッションに昨年も参加し、今年もタイ・ベトナムに行くわけであるが、当面アジアで、顧客の方々に満足いただける良いものはないか探してみたいと思う。
 アジアの商品の中では,マレーシアやタイのピューターに注目している。素材も良く、彫金等もしっかりしており、芸術的な側面も持ち合わせている。
 商品を扱うということは、そこの文化を扱うことだと思う。そういう点では、世界の楽器を取り扱うということも、なかなか面白いのではないかと思っている。
 貿易は、目を肥やさなければ必ず失敗する。自己責任で、商品の買付は行わなければならないのである。「だまされた」と言っているばかりでは、先に進まない。
 相手国の政治・経済の状況、商習慣、人間性、文化などの多くの予備知識を入れてから、商売をすることが大事だ。

 今の世の中、いい物が安くても売れない。みんな大抵の物は既に持っているし,物に対する価値観、ニーズが変わってきている。これからのキーワードは 「美しく」 「幸せで」 「楽しく」 「健康で」 「長生きする」 であり,これらに関連する商品に人々がお金を使う時代になってきた。このことを追求していくと、最終的にはすべてヨーロッパの製品や生き方に行き着くのではないかと思う。これからも、物を通じて人を感動させるような仕事をしていきたい。』
(貿易ニュース鹿児島2003.11月号掲載)

㈱上組鹿児島支店

会員者情報

企業名 株式会社 上組(鹿児島支店、志布志支店)
所在地 鹿児島支店 鹿児島市南栄3丁目19-3
志布志支店 鹿児島県志布志市志布志町志布志3306
電話 鹿児島支店 099-269-4523
志布志支店 099-473-2486
名前 上組鹿児島支店 課長 遠矢 信行 氏 他

インタビュー(貿易ニュース鹿児島2006,8月号掲載)

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国際物流ネットワークを展開している上組の創業は古く、1867年(慶応3年)に神戸港開港とともに、運上所出入りの外国貨物の運搬を取扱う団体「神戸浜仲」として誕生している。
 上組と改称されたのは1873年(明治6年)である。

 現在は 国内、海外に拠点網をもち、港湾運送事業を始め、倉庫業、通関業、貨物自動車運送事業など、さまざまな営業分野があり、国内外貨物を荷役、保管、輸送する体制を整え、国際複合一貫輸送を推進している。

 本県では、鹿児島港と志布志港に支店を置き、畜産王国・鹿児島県に欠かせない飼料原料を中心とした輸出入業務を行っている。鹿児島支店は、1973年(昭和48年)福岡支店・鹿児島出張所として設置、志布志支店は1987年(昭和62年)福岡支店・志布志出張所として設置された。

 ここで、全国有数の農業県・畜産県である本県の飼料事情に触れてみたい。
本県の肉用牛、豚、採卵鶏、ブロイラーの飼養頭数、出荷頭数は全国1,2位を占めている。このため鹿児島市、志布志市、出水市など県内各地に配合飼料工場が建設され、良質な配合飼料が、県内はもとより九州各県まで供給されている。これら配合飼料の原料はほとんどは海外から鹿児島港、志布志港に輸入されている。

 輸入される飼料原料は、トウモロコシ、マイロ、大豆粕、大麦・小麦、魚粉等、かなりの種類があり、又、直接給餌する乾牧草等も多量に輸入されている。輸入先はトウモロコシの主産地であるアメリカ合衆国を筆頭にカナダ、オーストラリア、ブラジル、アルゼンチン、中国などである。

 このような畜産の盛んな本県において、上組では、鹿児島港、志布志港にそれぞれサイロ、飼料保管施設(普通倉庫、くん蒸倉庫)等を整備し、港湾運送業務・倉庫業・通関業・貨物自動車運送事業等の業務を行っている。

 鹿児島支店、志布志支店ともに輸入業務のほとんどが飼料であるが、コンテナターミナル施設のある志布志支店では、世界各国より韓国、台湾及び中国を経由して雑貨・日用品類等が輸入されている。また、都城の住友化学ゴムのタイヤ製品を北米に輸出している。

 志布志支店は中国の民生輪船の代理店としてコンテナ船の本船荷役及びコンテナーターミナル業務を行い、大連からの稲わら等を大量に取り扱い、輸入通関していたが、現在この航路は休止になっており、1日も早い再開が望まれている。

 鹿児島支店、志布志支店ともに飼料の輸入取り扱いが多く、輸出が少ないのが現状だが、コンテナ施設を有する志布志港においては、帰りの空のコンテナを有効利用して輸出をもっと増やしていきたいと努力している。

 上組では、これからも本県の主要産業である畜産業の発展のために、良質な配合飼料の安定供給に貢献するともに、さらによりよい物流サービスを構築し、飼料以外の輸出入貨物の推進を図っていきたいと考えている。

マトヤ技研工業㈱

会員者情報

企業名 マトヤ技研工業株式会社
所在地 曽於郡末吉町南之郷3050-6
電話 0986-76-0018
名前 代表取締役 益留 福一 氏

インタビュー(貿易ニュース鹿児島2003,7月号掲載)

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 マトヤ技研工業株式会社の創業は昭和60年6月、益留社長36歳の時であった。
 生まれも育ちも曽於郡末吉町。大阪で働きながら、大阪工業大学の夜間部を卒業。その後働いた会社で意気投合した仲間3人とこの会社を興した。
 平成2年に株式会社組織とした。地元に帰り、地元に貢献できる地域密着型の仕事を目指した。
自社ブランド製品は、殆ど鹿児島の一次産業がらみの製品である。
 地元企業の要請に応じて、あるいは提案型として自動省力機器の設計・製作及び販売を行っている。主要製品のミート用助骨剥離具「ミスターテンダー」は、若い男性でも大変な重労働となる豚枝肉の肋骨剥離作業を、年輩者や経験の浅い職員でも簡単に肉から肋骨を剥離できる省力機械である。現在では国内の殆どの食肉処理工場でこの機器が使用されているが、おかげでこの製品は、平成5年に「かごしま産業技術賞奨励賞」を受賞する事となった。平成6年には「鹿児島県発明くふう展知事賞」も受賞した。
 その後開発した大腸切開機「ドームくん」は、平成7年に「鹿児島県発明くふう展・商工会議所会頭賞」、平成8年には「第4回かごしま産業技術賞」を受賞する。
 また、ミート用肩胛骨剥離具「ミセスイージー」も平成8年に「鹿児島県発明くふう展・発明協会支部長賞」を受賞している。
 鶏卵用モールドトレイローダ「ハックリくん」も開発・販売している。
 これからは、地場産業と地域環境に着目した機器の開発も手掛けたいと考えている。
 さて、台湾、フランス、韓国、カナダ、オーストラリアなど海外にも製品を輸出し、現地で好評を得ている。最近は、中国からの引き合いもあったが、SARSの影響で今のところ、話が頓挫している。ただ、中国に製品を出した場合、コピーされるのではないかという心配もある。ホンダなどの大会社も手こずっているというくらいなので、特許をとっても、抑止効果があるかどうか疑問だ。
実際、韓国では当社製品のコピーものが、公然と出回っている。モノが同じなら、日本から輸入するよりも安く出仕入れることが出来るため、海外からの引き合いは、コピー製品の方が多いだろう。
 本当に商売しようと思うなら、今後はやはり中国で勝負するのが一番だとは思うが、コピーされるのを覚悟の上で販売しなければならない。近いうち、日本で特許申請すれば、世界中で認められるようになるようだが、そうなれば、海外展開もより積極的に出来るだろう。
 海外進出については、都城の工業クラブ主催のミッションに参加し、上海近郊に進出している同クラブメンバーの現地会社を見学してきたことがあるが、マトヤと関連のある京セラやナショナルなども既に上海に進出しているので、出ていこうと思えば可能性はあると考えている。
 ということで、鹿児島の超優良企業として、今後に大いに期待するところです。

中越パルプ工業(株)川内工場

会員者情報

企業名 中越パルプ工業株式会社 川内工場
所在地 薩摩川内市宮内町1-26
電話 0996-22-2211
名前 上席執行役員工場長 中野 達男 氏

インタビュー(貿易ニュース鹿児島2006,1月号掲載)

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    山根次長      中野工場長

中越パルプ工業株式会社は、戦後間もない昭和22年に富山県で創立された。現在、東京に本社を置き、川内工場のほかに富山県に2工場を有する国内有数の製紙メーカーである。中野工場長と山根次長にお話を伺った。
                            
 川内工場は、昭和29年12月に川内市(現薩摩川内市)の誘致企業第1号として操業を開始した。市の熱心な誘致活動はもとより、川内川の豊かな水量や黒松などの原料に恵まれていたこと、良質な労働力を確保しやすかったことなどが立地の理由であった。創業当時112名でスタートした従業員は、現在約400名、関連会社を合わせると約1,000名で、薩摩川内市において、大きな雇用効果をもたらしている。

 川内工場における紙の生産量は年間約30万㌧。創業当初は、包装用のクラフト紙が中心であったが、ニーズの変化に対応し、現在では、カタログやパンフレット用の塗工紙、書類や書籍用の上質紙,カップ原紙・壁紙・防虫紙といった特殊紙など様々な製品が製造されている。子供たちに人気のハリー・ポッターシリーズの翻訳本や愛子さまお気に入りの絵本「うずらちゃんのかくれんぼ」、トヨタのレクサスのパンフレットなどにも同工場の製品が使用され、国内で使用される建築用壁紙では5割のシェアーを占めている。また、量は少ないが、県内に豊富な竹を原料に利用した竹入紙も生産、紙コップや箸袋、封筒などに使用されているという。

 紙の製造工程は、木材チップからパルプを作る「蒸解パルプ工程」、パルプを使って紙を作る「抄紙(しょうし)工程」の二つに大きく分けられる。まず、蒸解パルプ工程であるが、木材チップにはパルプになる繊維(セルロース)のほか、繊維の接着成分(リグニン)などが含まれているため、苛性ソーダなどを加えた釜の中で高温で煮沸し、リグニンを溶かして繊維を取り出す。この繊維を洗浄後、塩素、過酸化水素などを加えて漂白するとパルプが出来上がる。なお、この工程で発生するリグニンなどの有機物を含んだ廃液はボイラーで燃焼させることで、工場内の全ての熱源を供給するとともに、タービン発電にも利用され消費電力の95%をまかなっている。また、廃液に含まれる苛性ソーダなどの薬品は回収して再利用される。

 次の抄紙工程では、はじめに、繊維が互いに接着しやすくするために繊維を叩いてヒゲを出す叩解(こうかい)という作業を行う。この段階のパルプの99%は水分であるが、プラスチック製の目の細かい網の上にパルプを薄く広げ、水分を落としながら紙の層を形成する。これをプレスして水分を絞り、熱を加えて乾燥させた後、巻き取って紙のロールが出来上がる。ロール1本の重量は20㌧と巨大なもので、これを注文に応じて裁断などを行い出荷する。川内工場では、一日当たりの生産量は880㌧、これをのばすと鹿児島-東京間の距離に相当するという。
 
 国産が中心であった木材チップであるが、昭和40年代から外国産の輸入が増加し、現在中越パルプで使用しているチップの7~8割は輸入ものである。輸入相手先も北米、中国、東南アジア、南米、南アフリカ、オーストラリアなどと多様化しており、最近では、オーストラリアやニュージーランドのユーカリが最も多くなっている。自社の専用船6隻で年間40~50万㌧を川内港に輸入し、20㌧の大型ダンプで工場敷地内のチップヤードに搬送している。
 
 かつて製紙工場は、悪臭や水質汚濁の問題などで公害産業と言われた時期があった。
川内工場では昭和50年に川内市と公害防止協定を締結、排水浄化施設をはじめとした様々な環境保全設備を整備してきており、平成12年にはISO14001を認証取得するなど環境対策に積極的に取り組んできた。中野工場長は「製紙工場は、資源のリサイクル、省エネルギー対策、国内外での植林事業などに積極的に取り組んでいる。今や地球環境に最も優しい産業のひとつですよ。」と語られた。

 中越パルプ工業株式会社が掲げる「品質第一主義」、「環境対策の推進と地域社会への貢献」、「安全体制の確立」の三原則のもとに、川内工場においても、時代の要請に応える優れた品質の製品を安定供給すること、地域環境を守り共栄共存を図ることを目標に、事業活動を進めている。

㈱有村屋

会員者情報

企業名 株式会社有村屋
所在地 鹿児島市南栄3丁目24-5
電話 099-269-5711
名前 代表取締役社長 有村 興一 氏

インタビュー(貿易ニュース鹿児島2005,4月号掲載)

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左)興一社長    右)一喜常務

 今年で創立94年を迎えるさつま揚げの老舗「有村屋」の歴史は、大正元年に社長の祖父が蒲鉾店を創業したことからはじまる。昭和5年に社長の父盛吉氏が経営を引き継ぎ、昭和26年に有限会社有村屋本店を設立、昭和47年に株式会社となり社名を有村屋に変更した。かつては結婚式場も経営し、引き出物用に蒲鉾を作っていた。今の有村屋の商品の三ツ盃マークはその時のなごりである。
                         
 鹿児島市南栄の本社・工場のほか、鹿児島、宮崎、東京に10店舗を有し、従業員75名、年商10億円超と県内有数のさつま揚げメーカーとしての地位を占めている。興一氏は昭和47年に31歳の若さで社長に就任、今日に至っている。現在、長男の雅人氏がマネージャーとして東京での営業を、次男の一喜氏が常務として鹿児島の工場をそれぞれ担当し、社長を支えている。

 さつま揚げは、取れたての新鮮な魚をすり身にし、地酒などで味付けして油で揚げたものだが、藩政時代に琉球から伝わった中国料理の「揚げる」技法が古来からの蒲鉾作りの製法に加わって出来たと言われており、琉球の“チキアゲ”がなまって鹿児島では“つけあげ”とも呼ばれている。エソ、グチ、タラ、イワシなど原料となる様々な魚は水揚げされた港近くの委託工場ですり身に加工され、有村屋の工場には冷凍状態で届けられる。これらのすり身を練りつぶし、地酒、調味料などで味付け、にんじん、ゴボウなどの野菜を加えるなどした後、菜種油で揚げてさつま揚げが出来上がる。

 

(株)ヨシカワ

会員者情報

企業名 株式会社ヨシカワ
所在地 川内市港町360-31
電話 0996-26-3388
名前 代表取締役社長 吉川 修 氏

インタビュー(貿易ニュース鹿児島2003,5月号掲載)

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 株式会社ヨシカワは昭和22年に創立。年商10億円の粉体機器メーカーである。
緑の手入れが行き届いた本社を訪問し,吉川社長にお話を伺った。

 川内市内にあった本社工場を港町にある工業団地に移転して丸8年目になる。現在の敷地面積は2ヘクタールもあるが,砂で埋め立てられた土地のため,水はけがよすぎるのが悩みの種である。スプリンクラーを設置して,敷地内に植木を植え,1年中花を楽しめるようにしてある。
 さて,主要製造品のサークルフィーダーは用いられる業種を特定できないくらい用途が広い。ある程度水分を含んだ原料など,下に落ちにくいものを定量・定期,確実に供給するという大切な働きをするが,例えばセメント業界では原燃材として石油系の産廃物を利用しており,国内でも埼玉などでは都市ゴミを利用しはじめている。これらの原料加工の過程において定期的に原料を供給する時にもサークルフィーダーが使用されている。通常の機械は見てすぐに機能がわかってもらえるのだが,見えないところで機能しているので,なかなか用途を理解してもらえない。しかし「安定した量を供給するという事は次の完璧な安定した品質を生み出すのにとても重要な役割を果たしている」と考える。
 地元鹿児島では焼酎工場でもフィーダーが使用されている。焼酎の製造過程ではじめにイモを3~5トンほど釜に入れて蒸し,ファンで冷却したものをもろみとして利用するが,昔はこの釜から移すのに暑い中,スコップで手作業をしていた。サークルフィーダーを設置することでボタン一つで作業ができるようになった。他にも製麺工場,製粉工場,大手ビール工場など多くのところで使われている。中国や韓国などではフィーダーがやっていることをまだ人力で行っている。
国内には同じような専門メーカーが4社ほどあるが,製造している機械の特徴が違う。当社の製品は『出にくいものを安定して出す』のが特徴。他社は『定量で出す』定量フィーダーを扱う。当社の機械にはすべてヨシカワのプレートがついている。
 製品は川内工場でしか製作していない。注文があった時に,ここから製品を送っている。近々ヨーロッパにも送ることになっている。サークルフィーダーはステンレス製で大きいものだと外形が6メートルもあり,輸送コストがかかるのが販売のネックである。
 製品の材料は国内調達であり,完成品は9割を国内で,1割を海外に出荷している。海外の取引先には日本企業が多い。主に先進国向けの製造を手がけており,現在アメリカとヨーロッパに販売代理店がある。アメリカとの取引は長い。10年ほど前の5月にアメリカで開催されたパウダー展(粉粒体機械関係の展示会)に日本粉体工業技術協会のツアーで参加したのがきっかけとなった。現在はノースカロライナの企業と販売代理店契約を結んでいる。海外の見本市にも代理店が出展している。
 中国,東南アジア,韓国などの主な取引先は現地に進出している日本企業である。ニーズがあるようなので,出掛けていけば需要があるとは思っている。中国で製造して,中国で消費するということも考えられるが,中国で製造して日本に持ってくるということは考えていない。台湾企業を通じての販売もありうる。
 高いものは売れない時代になってきた。機械を安くして当社の製品を広く利用していただきたい。特例使用から汎用仕様へ,無駄なものを省く努力をし,製造者とユーザーがお互いに協力して,安くて機能の高いものを作っていく努力をしていかなければならないと考えている。

㈱迫田

会員者情報

企業名 株式会社迫田
所在地 鹿児島市与次郎一丁目9-17
電話 099-255-9500
名前 代表取締役社長 迫田 博信 氏

インタビュー(貿易ニュース鹿児島2004,12月号掲載)

代表取締役社長 迫田 博信 氏

“もう、「家具屋」とは呼ばせない。” 今年で創業60年を迎え、10月14日に鹿児島市与次郎の本店をリニューアルオープンさせた迫田のキャッチフレーズである。同社は、これまでも鹿児島市南栄に「アウトレットX」、熊本県宇土市に「ファーニチャーモール・メガ」を創設するなど、家具を取り巻く環境変化を常に先取りしながら発展してきた。

 迫田の創業は昭和19年。現社長の父親の迫田繁治氏が都城市で個人経営の迫田木機製作所を創立し、21年に鹿児島市東千石町に移転、迫田タンス店として家具販売を開始。戦争末期、数度の空襲により市街地の多くを焼失した鹿児島市では、戦後、住宅建設が盛んで家具の需要も極めて高かった。当時の家具屋は、製造から販売まで一貫して行っており、最新型の木工工作機械を組み込んだ迫田の製造ラインは当時としてはめずらしく、全国から多くの視察者が訪れたという。

 昭和23年に株式会社組織に改組し、38年に社名を株式会社迫田に変更。この頃、伊集院工場では、フランスベッドが販売する二段ベッドの製造を一手に引き受けていた。43年からは応接セットを製造し、全国に卸すようになった。50年代になると産地間競争の激化に加え、海外からの製品輸入も増加したことから、国内の家具産地が次々と消滅した。鹿児島の場合、革やウレタンなどの原材料調達の面で他産地に比べ厳しい立地条件にあったことから、迫田は55年に製造部門から完全に撤退、販売専門となった。

 急速な車社会が進展する中で、迫田は天文館の本店を閉鎖し、昭和59年、鹿児島市与次郎に郊外型大型家具専門店をオープンさせた。創業39年目にして社運をかけた決断であったが、広い駐車場とゆったりしたフロアでの豊富な品揃えなどが消費者ニーズにマッチして、業績は活性化した。アウトレットXの誕生は平成7年。アウトレットとは、主にメーカーの格外品を安値で販売する小売業態で、当時の日本、特に家具の分野ではほとんど例がなかったが、バブルがはじけ、実質的な価値を尊重し始めた消費者の支持を得ることとなった。

 さらに平成10年2月、熊本県のほぼ中央に位置し交通の利便性に恵まれた宇土市に「ファーニチャーモール・メガ」をオープンさせた。8,000坪という広大な敷地に400台収容の駐車場を備え、売り場面積が3,000坪という日本最大級の家具専門店で、店内は複合商業施設のショッピングモールを思わせるようなゆとりの空間となっている。戦後最悪といわれた不況下での出店を不安視する声もあったが、オープン初日の来店者数が3万人を超えるなど駐車場は連日満車状態が続いたという。

 そして、この10月の与次郎本店のリニューアルオープンである。新しい売場は、1階が「インテリア雑貨・ファブリック類・照明」、2階が「リビング・ダイニング」、3階が「寝具、書斎、ホームオフィス」などとなっている。量販店とはひと味異なる薄型テレビや照明器具などの家電製品、デザイン性に優れた様々な小物や植物なども揃えて各部屋・空間毎にコーディネートされて展示され、また、音響メーカーのBOSEとの提携による試聴体験可能な音響ルームも備えている。顧客の立場に立ったとき、わかりやすくて楽しめる工夫が随所に演出され、冒頭のキャッチフレーズの意味が実感できる空間に生まれ変わった。

 現社長の博信氏は、大学卒業後フランスベッドに入社、昭和45年、父親の死去により25歳で副社長として迫田の経営を引き継ぎ、59年に社長に就任した。社長によれば、迫田で扱う商品の仕入先はだんだん海外にシフトしてきており、最近は中国・ヨーロッパ(デンマーク)が中心である。特に中国では近年、設備が近代化され、品質も急速に向上していることから、今後中国との取引は一層拡大していくと見込んでいる。もちろん日本でしか出来ない品物もあるため,取り扱う商品によって取引メーカーのすみ分けができつつあるという。

 最後に、今回の本店リニューアルについてお聞きした。これまで家具販売は住宅建設との連動性が極めて高かったが、少子・高齢化が進展し、住宅着工件数が確実に減少していく中で企業として生き残っていくためには、住宅建設とは必ずしも連動しない経営戦略が求められている。迫田が目指しているのは、家具販売中心で従来型の「業種店」から脱皮し、家電や小物類も充実させてライフスタイルを総合的に提案する「業態店」に転換することで、本店のリニューアルはその第一歩である。業態店への転換に必要なもう一つの柱が人材育成であり、顧客に満足していただけるサービスを提供できるよう、社員一人ひとりが感性を磨き、確かな商品知識を身につけるための社員教育の充実に全力で取り組んでいる。   
    
 (貿易ニュース鹿児島2004.12月号掲載)

㈱川原自動車部品商会

会員者情報

企業名 株式会社川原自動車部品商会
所在地 鹿児島市卸本町5-12
電話 099-260-2471
名前 代表取締役社長 川原 忍 氏

インタビュー(貿易ニュース鹿児島2004,6月号掲載)

代表取締役社長 川原 忍 氏

県内に70社ほどある自動車部品卸売会社の中で,売上高1位,九州でも2位という実績を誇る川原自動車部品商会は,昭和33年,知覧町で創業した。
 戦後,知覧で家具店を経営していた父親が事故で足を痛め,家具店の経営を断念。そのころ出始めた自転車オートバイに将来性を見出し,昭和28年に川原社長の兄(現会長)がオートバイ販売を始めた。
 5年ほど続けたが,下取りのある商売は利益を生みにくいと考え,昭和33年にオートバイ部品販売店として再スタートした。ちょうどホンダのカブやスズキのモペットという50ccのオートバイが出始めた頃である。当時は,県内の道路のほとんどは未舗装であったため,パンクや故障が多く,オートバイ部品がよく売れたという。昭和40年には鹿児島市に営業所を開設,42年には(株)川原自動車部品商会を設立し,兄が初代社長に就任した。
 愛知県の自動車部品メーカーに勤務し,これからは自動車の時代だということを肌で感じていた現社長は,鹿児島営業所開設と同時にUターンして同営業所の責任者(社長就任は平成3年)となった。また,株式会社となってからは,弟(現専務)も経営に加わって3兄弟体制になり,48年には鹿児島市卸本町に本社社屋を落成・移転した。以来,販売網を拡大し,現在では,県内の10営業所を拠点に,自動車整備工場,ガソリンスタンド,中古車センター,カーディーラー,タイヤショップ等を対象に自動車部品・用品,タイヤ,工具等を販売している。
 川原社長は,今後ますます高齢化が進む車社会において,車にたずさわる多くの皆様に,車の保守管理及びモラルの問題等を重視し,事故の無いよう各自の自主管理をお願いしたいと常々考えているという。
 さて,川原自動車部品商会と海外との関わりである。現在は,海外との直接取引は少なくなったが,昭和50年代には,中古部品を輸出したり,カー用品やアクセサリーなどを輸入しており,頻繁に東南アジアや台湾などに出かけていた。台湾から輸入した竹製のビーズクッションなどいくつかの商品は,全国的にも大ヒットしたという。また,このような商取引だけでなく,昭和59年には,飢餓に苦しむエチオピアで救援物資輸送にあたっていたトラックの修理用部品約7百個を贈って,現地から大変感謝され,当時の南日本新聞でも大きく取り上げられたこともある。
 川原社長によれば,厳しい競争に勝ち抜き会社を成長させるために心がけてきたことが三つある。ひとつは,今後顧客が何を求めるかなど常に時代の流れをよく読むこと,二つ目は,取引先との信頼関係を築くこと,三つ目が,社員が働きやすい環境を創ること。同社では,社員の住宅確保,年金基金への加入など福利厚生面には特に力を入れており,その結果,社員の定着率は極めて高く,約半数が設立当時からの社員であるという。
 豪放な中にも優しい心配りが感じられる川原社長,古くからの貿易協会会員として当協会に対する温かいアドバイスもいただいた。九州一の自動車部品卸売会社を目指して,一層の発展を期待したい。    
 (貿易ニュース鹿児島2004.6月号掲載)

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